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HOME > 伊賀の街道にまつわるお宝・風景 > 街道番外編 阿山町の歴史をたどる道
阿山町丸柱と滋賀県の県境は通称「桜峠」、そこから国道二五号線まで下る道は「桜街道」と呼ばれています。伊賀地方に布教に訪れていた京都仏光寺第七世了源性空上人が、上人の布教を快く思わない者に弟子とともに殺害された際、この辺りが上人の鮮血に染まり、あたかも桜の散るのに似ていたので、人々はこの峠を「桜峠」と呼ぶようになったと言われています。
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1. 田矢氏城跡
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| ▲田矢氏城跡は竹でうっそうとしている |
大江集落にある田矢氏城跡は伊賀の乱で蒲生氏郷(がもううじさと)軍と戦ったとされる城跡。 |
2. 石立寺参道の磨崖仏
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| ▲(2)の六地蔵 |
六地蔵立像を中心に上下、左右合わせて13の地蔵が半肉彫りに刻まれている。町指定文化財。 |
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3. 石立寺裏山にあるの山神
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| 地元では火の神様として信仰されている。 |
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4. 陽夫多(やぶた)神社祇園祭
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| 毎年8月1日、祇園祭に行われる願之山(がんのやま)踊り病気平癒や家内安全の願かけを解く神事として、桃山時代、文禄年中(1592年ごろ)より現在の姿で行われるようになったと伝えられている。町指定無形民俗文化財。 |
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5. 御旅所(おたびしょ)古墳
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| 陽夫多神社の境内。巨大な石屋根が露出した横穴式石槨(せっかく)古墳。古墳時代後期、六世期末の築造とされる。町指定史跡。 |
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6. 河合小学校センダンの木
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| 河合小学校が、明治41年に現在の場所に移転した時の記念樹。生徒や卒業生から愛されている。町指定天然記念物。 |
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7. よきとぎ地蔵
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| 今も大切にされるお地蔵さん。「よき」とは「手おの」のことで、阿山町に古くから伝わる民話に残っている。 |
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8. 石川の勧請縄
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| 500年以上の由緒があるとされる。 |
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9. 伊賀焼窯元長谷園(ながたにえん)の16連の登り窯
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| 阿山町は伊賀焼きのふるさと。たくさんの窯元がある。 |
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10. 徳王寺
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| 徳川家康が伊賀越えの際、休息したと伝えられる寺。 |
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11. 了源上人遷化(りょうげんしょうにんせんげ)の地
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| ▲阿山町の山並みの夕景 |
三重県と滋賀県の県境、阿山町丸柱地内の通称「桜峠」にある。この地で殺害された上人をしのび、今も大切にされている。上野市佐那具にある了源寺にはその墓所がある。町指定史跡。 |
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12. 槙山の勧請縄
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| その集落から福が流出しないように、また悪疫を入れないようにするために勧請縄で防いでいる。 |
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13. 西湯舟の勧請縄
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| その集落から福が流出しないように、また悪疫を入れないようにするために勧請縄で防いでいる。 |
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14. 中友田の勧請縄
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| その集落から福が流出しないように、また悪疫を入れないようにするために勧請縄で防いでいる。 |
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15. 手力(てぢから)神社
奉納花火大会
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| 手力神社は、三大上忍の一人藤林長門守の氏神。火の忍術を得意とした長門守が花火を奉納したのがはじまりとされる。 |
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16. 藤林長門守の墓所
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| 東湯舟(ひがしゆふね)正覚寺(しょうかくじ)には伊賀流忍者として知られた藤林長門守一族の墓碑がある。町指定史跡。 |
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