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吉田 賢一先生

 

吉田 賢一先生


室内で走り回る子どもたちのゴールはどこに Ⅰ

 「そんなに走ると、こけて怪我するに」
 部屋から部屋へ、廊下から台所へと、サーキットコースを周回するがごとく家の中を駆け回る子どもたち。見かねて出た言葉ですね。
 しかし、そんな親の思いは伝わるどころか逆にレースは盛り上がるばかり。そして、「やめなさいってば」と声のトーンが上がり、最後には、「もう、いい加減にしなさい!」と目まで吊り上がります。洗濯物を畳みながらも、食事の用意をしながらも目の離せない時期の子どもたちですから、こんな出来事は日常茶飯事。
 でも、本心は思い切り走ってほしいし、走っても転ばない術を身に着けてほしいし、怪我などしないたくましい身体に育ってほしいのです。だから、疲れた体に鞭打って、広い公園に連れて行って「さあ、存分に走りなさい」と子どもを放します。これでいいだろうとベンチに腰掛け見ていると、これが走り回らないのですね。家の中ではキャッキャと走り回っていたのに拍子抜けです。せっかく広い公園に来たのにと疲れも倍増。
 そこで考えてみました。家と公園での違いはなぜ起こったのか。子どもたちはどんなことに喜々とするのか。
 まず、ダメとかやめなさいという言葉ほど子どもたちを刺激する言葉はないということです。いけないことほど魅力的なことなのです。困ったことですが、この時期の子どもたちの特性でもあります。
 そして、山あり谷ありカーブあり。ソファーにカーテン、ぬいぐるみ。次々と迫りくるシーンはゲームの比ではありません。3周目を迎える頃には脳も体もコースを熟知し、「やめなさい」の言葉すら声援に聞こえてしまうほど。
 さらに、相手がいようものなら、追いかけっこの要素も加わり無類の遊びになってしまいます。
 これだけの要素が整えば、ゴールのない永遠の遊びが始まっても仕方がありませんね。毎日お疲れ様です。
 さて、この遊びを制するにはゴールが必要なのですが、どんなシーンを用意すればいいでしょうか。皆さんで考えてみてください。


室内で走り回る子どもたちのゴールはどこに Ⅱ

 家事で忙しくしている周りで、部屋から部屋へと走り回る子どもたち。「ドタバタ、ドタバタとやかましい。家の中では静かにしなさいって何度言えばわかるの」とイライラ感が募る場面ですね。そこで、子どもたちのレースを終わらせるために、どんなゴールを用意すればいいでしょうかというのが前回の課題。平たく言えば、どうすれば遊びをやめさせられるか、でしたね。
 科学者や先生方は、「そんな時こそ子どもたちの楽しさに共感し寄り添うことが大切」って言うけれど、イライラ感爆発で共感するなんて無理。だって、ドアを開けて廊下に出て、突き当りを右に進んで隣の部屋へ。ソファーを乗り越え、テーブルの下で頭を打ち、カーテンをくぐり、座布団を踏んでこちらの部屋へ。何が面白いのか、疲れるだけだわと呆れます。
 でもね、子ども目線なら、ドアの向こうはスケートリンク。右カーブは体重移動に減速が肝要。スリップと転倒に注意。ソファー越えでは滑り落ちないよう3点で体を支持。テーブルくぐりは頭上注意。這うか、屈むか、判断を誤ると時間のロス。最後の座布団は最難関。着地点は狭くバランスを崩すと海に沈没。慎重にジャンプ!
 2周目、3周目になると体も慣れスピードアップ。興奮は絶頂に、大人の怒りも絶頂に。
 こんなにも楽しい遊びを終わらせるなんて確かに難問ですね。そこで、こんな一言を試してください。「じゃあ、ゴールはパパ・ママの胸の中。」子どもたちは座布団を踏んだら大好きなパパ・ママの胸の中に向かって飛び込んでくるでしょう。そんな子どもを受け止め(しめしめと)抱きしめる喜び。双方大満足。あとは、畳んだ洗濯物を指さし、「これ、タンスまで運んでくれる?その後お茶碗を並べて夕飯の準備、今夜はハンバーグ。さあ、レッツゴー」
 ところで、この遊びには体重移動、危険回避、3点支持、バランス感覚、身幅や逆さまの感覚、ジャンプ力、判断力など、生きていく上で必要な力がこんなにも詰まっているのです。ビックリですね。
 さて次の課題は、「せっかく広い公園に連れてきたのになぜ遊ば(べ)ないの」です。


せっかく広い公園に連れてきてあげたのになぜ遊ばないの

 「思い切り遊ばせたいのに」と降り続く空を見上げてきましたが、今朝は快晴。早速芝生が広がる公園へ。
 「さあ、思う存分遊びなさい。」と、木陰のベンチから手を振ります。
 ところが、はじめこそ走り回っていたもののだんだん遊びが続かなくなってきました。「部屋の中ではあんなに走り回っていたじゃないの。遠慮することないのよ。」と拍子抜けです。そこで口をついたのが今回のテーマ。
 さて、あなたが子どもだったらどんな遊びをしますか?子ども会議で提案してください。
回答1.とにかく走り回る。広いから全速力でも大丈夫。(男性31歳)
(子ども)「それ、いつまでやるの?」「どこまで走るの?」
回答2.フリスビーはどう?(女性30歳)
(子ども)「いいかも。でも家にそんなのないもん。」「当たると痛くない?」
回答3.ゴム跳びはどうかしら(女性32歳)
(子ども)「輪ゴムをつなげるのね、面白そう」「私、跳び方知らないの」
回答4.野球、野球!(男性33歳)
(子ども)「一人じゃできないよ」「グローブもないし」
回答5.断然サッカーだな(男性28歳)
(子ども)「二人でできる?」「シュートは無理だよな。ゴールがないもん」
回答6.固定遊具を探してみたらどうでしょう(女性26歳)
(子ども)「うん、行こう行こう」「前、滑り台の下でカタツムリをみつけたよ」
 どうにもこうにも、大人と子どもで意見がかみ合いませんね。
 さて、広い公園で上手く遊べない子どもの気持ちは想像できましたか。
 まずは一緒に遊ぶことから始めましょう。子どもは追いかければ走ります。チョウやバッタを追いかけるのも大好きですね。
 そして、この時期は遊び方じゃなく、楽しさをどう伝えるかが大切。「それ楽しそう、面白そう」と思わせることです。雨後の公園なら、水たまりを避けて走ったり、濡れた草の上を滑ったり、雨に濡れた紫陽花に驚いたりなどいつもと違う「楽しさ」に気付くでしょう。
 公園をただの広場にするか、楽しさや面白さが溢れるワンダーランドにするか。一人で心細かったら、カタツムリやミミズ、草花や蜘蛛の巣まで応援を頼みましょう。「思う存分遊びなさい。」では子どもは困ってしまいます。
 では、どんな言葉がけをして広場に連れ出しましょうか。またまた宿題です。


子ども達の想像力・創造力には勝てません!

 突然ですが「三角ベース」ってご存知ですか。野球をご存知の方は2塁ベースのない野球、そうでない方は握りこぶしくらいの軟らかいボールを投げたり棒(手)で打って走ったりする遊びと思ってください。
 教室くらいの広さがあれば十分ですが、それより狭くても広くても大丈夫。場所(広場)の形は問いません。人数も決まっていません。その場にいた者全員がプレーヤー。グローブやバットも必要なし。王、長嶋が大活躍の野球をやりたくて、子どもなりに考えた遊び方でした。そう、子どものアイデアから生まれた遊び方なのです。
 すべてにおいてこの適当、あいまいさでもとびっきりの笑顔で遊んでしまう子ども達。ベースが4つも置ける広々とした公園なんてそうそうあるものではなく、1個省いて三角形(本塁、一塁、三塁)にベースを置いて(実際には地面にベースの形を描いて)楽しみます。ですから空き地で十分。生えている木やベンチがあれば、そのまま一塁と三塁に変身。時に一塁と三塁がめちゃくちゃ遠くなることもありました。それも楽しかったなあ。枝に当たってボールの方向が変わることもしばしば。バットがなければ落ちている棒切れで、それもなければ手打ちで。下級生が打った後間違って三塁に走れば、そこからはランナーは逆回りになる特別ルールも。途中で「入れて」と来れば、即メンバー入り。守りのポジションは適当。打ったボールを一塁手に投げずに打者の背中に当てたら「アウト」なんてルールまで作り出します。だから、この「三角ベース」にはローカルルールがいっぱいあるようです。こうして全国津々浦々、野球を楽しむ姿があちこちで見られました。
何かを楽しもうと大人では考えられない軟らかい頭で遊びを創り出してしまう子ども達。そのエネルギーにはホント驚かされます。

 子どもを公園に連れてきて、「さあ何をして遊ぶの」と言ったとき、あなたはどんな遊びを思い描きましたか。あなたのよく知るほぼ完成された遊びを描いていたならば、子どもはつまらない顔をするかもしれません。遊びの文化が未開発の幼児ならなおさらです。
 完成とは程遠いところから遊びを創り始める子ども達。喜々とした笑顔にするためには柔らかな思考をくすぐる手立てが必要になりますね。
 「そんなの難しい」って?大丈夫、あなたも子どもの頃があったのですから。
大人に近づけようと思わず、あなたから子どもに近づいていってください。「それ、おもしろい遊び方ね、ママにも教えて。そして一緒に遊ぼ。」ってね。


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「小さな忍者」

 昨年の秋、御在所岳登山に出掛けた折の話です。その日は天気も良く、沢を渡ったり岩場を乗り越えたりする変化に富んだ裏登山道を3時間ほどかけて登ります。
 登り始めて1時間、紅葉に見とれながら進んでいくと前方に園児らしき男の子と小学校高学年の姉、その母のご家族が見えてきました。ちょうど私の体力も限界に近づいていたので、渡りに船と園児に合わせてペースダウンすることにしました。リンゴ飴を取り出し同行のお願いをすると、小さな手で塩飴を返してくれ、たちまち僕たちは友達になりました。しかし、これが大変なことになるとはその時はまだ気付いていませんでした。
 男の子は岩場の続く登山道を楽しむかのように、小さな岩は飛び越え、大きな岩は隙間をすり抜け、隙間がなければよじ登り、その姿は小さな忍者そのもの。しかも、よじ登った岩をわざとずり落ちる「逆さ滑り台の術」も使うのです。登山道の逆走なんてありえないと唖然とする私。その度に、してやったりのどや顔に振り回される母、姉、そして私。時々使う登山道を外れる「道変の術」に悩まされつつ、同行の契りを交わしたこともあり、必死に追い掛けましたが、もうそのペースにはついていけません。しかしそこは小さな子。様々な術を使うものの長続きはしません。その度に疲れて座り込んでしまいます。母はおやつで釣ったり、根気よく説得したりして登山を再開させるも、忍者はたちまち燃料切れ。その繰り返しに私たちは完全にペースを乱されてしまいました。登山道ですから所々に鎖場もあります。そんな時には我が子のすべての術を封印させ、慎重に進ませなくてはなりません。いやはや母のエネルギーには頭が下がります。
 さて、ようやく国見峠に到着。頂上まではもう少しです。一定のリズムで登るのがセオリーなのに、真逆の登り方ですから相当疲れているだろうと思い、「ゴールはもうすぐだよ。がんばろうね。」と声をかけると、「死んだふり」の術を解き、一目散にすっ飛んでいきました。
 後のことを考えて余力を残しておく、そんな大人に比べれば、その時その時を全力で遊び、目いっぱい楽しむ姿はうらやましい限りです。
 男の子は駆け上がった先で私を待ってくれていて、最高の笑顔で迎えてくれました。しんどかったけど、その笑顔で疲れがフワッと消えていきました。母のエネルギーもこうした笑顔から生まれてくるのですね。少なくとも3時間、途中くたびれることはあっても、様々な忍術を駆使して登り切った小さな忍者とお母さんに「あっぱれ」です。