三重県情報公開審査会 答申第60号
答申
1 審査会の結論
実施機関は、本件異議申立ての対象となった公文書の部分開示決定を取消し、非開示とした「相談概要」についても開示すべきである。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成10年4月1日付けで三重県情報公開条例(昭和62年三重県条例第34号。以下「条例」という。)に基づき行った「1996年度~1997年度のクリーニング関係苦情相談内容」(以下「本件対象公文書」という。)の開示請求に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。なお、本答申においては、公務を遂行する個人としての知事は「知事」とし、条例の「実施機関」と区別する。)が、該当の文書を「全国消費生活情報ネットワーク・システム入力データのうち1996年度・1997年度のクリーニング関係苦情相談分」(以下「本件対象公文書」という。)と特定した上で、4月13日付けで行った部分開示決定(以下「本決定」という。)の取消しを求めるというものである。
なお、本件対象公文書は、県民生活センター(以下「センター」という。)に寄せられた消費生活に関する苦情内容やこれに対する助言・斡旋等の経過を相談員の記録である「消費生活相談カード」(以下「カード」という。)の情報を入力した「全国消費生活情報ネットワーク・システム」(以下「PIO-NET」という。)から、クリーニングに係る消費者からの苦情に関するもの 161件について、異議申立人の請求に該当する「件名」・「相談概要」・「処理結果概要」のうち、「件名」・「処理結果概要」は出力し開示したものの、「相談概要」は出力せず開示しなかったものである。
3 実施機関の非開示理由説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本件対象公文書は部分開示(「相談概要」の非開示)が妥当というものである。
・「相談概要」の条例第8条第5号(行政運営情報)該当性について
開示請求があった文書は、センターが行っている消費生活相談に関する内容及び処理結果に関する情報である。
この消費生活相談は、消費生活条例第28条に基づき、消費者被害を救済する手段の一つとして、消費者からの商品及び役務に関する苦情やその他の問い合わせに対し、事業者との解約交渉方法のアドバイス、クーリングオフ等の制度の説明、他の適切な処理機関の紹介等、当事者間での解決を前提とした助言を行うことを第一義としつつ、当事者間で解決できなかった事項については、センターが事業者と消費者の間に入り斡旋を行っているものである。
この消費生活相談の内容には様々なものがあるが、その中には消費者の失敗に関する相談というべきものも多くあるが、それらの相談は基本的には他人に知られたくない内容を、金銭の弁済を求めたいために相談するという気持ちの者も多いと思われる。このことは、相談者の中にどうしても名前を言わない者、家族には内緒のため家への電話を拒む者、相談時に相談内容が外部に漏れることを懸念する者等が多数存在することから推察される。
被害にあった消費者の中には、自分の相談内容を他人に知られたくないという気持ちの者がいる以上、秘密厳守の体制で相談を受けることは重要であり、消費者の相談機関にとっては、消費者被害にあった者が誰でも安心して相談できる体制作りを行うことが必要である。そのためセンターでは、秘密厳守を前提として消費生活相談を受けており、県民に対してもそのようにPRしてきている。
消費生活相談の内容を一般に開示することは、自分の相談内容を他人に知られたくない相談者にとって、安心して相談できる場を奪うことになる可能性があり、消費生活相談業務の適正な執行に対し著しい支障が生じる可能性がある。
したがって、本決定に際しては、相談情報が開示される体制になるならば、被害者が相談しにくくなる可能性が高いかどうかを基準に判断を行った。
その結果、「件名」は相談の概要をごく簡潔に(62字以内で)まとめたものであり、また、「処理結果概要」はセンターの行ったアドバイスや斡旋内容とその結果が(156字以内で)記載されているものの相談者の直接の相談内容ではないため、いずれも開示しても相談者に影響を与える可能性は少ないと判断し、開示した。
しかし、「相談概要」(156字以内で記載)は「件名」(62字以内で記載)と同じく相談の概要であるものの、「件名」に比べると内容的にかなり詳しくなり、開示すると、今後県民が相談しにくくなる可能性が高いと判断し、非開示とした。
このように、「相談概要」を開示することにより、消費生活相談業務の適正な執行に著しい支障を生じるおそれがあり、条例第8条第5号に該当する。
なお、異議申立人の主張する相談者個人に対する確認行為は、本決定の理由が開示の対象となった相談者の個人情報を理由としておらず、不要である。
4 異議申立ての理由
異議申立人の主張を総合すると、実施機関の処分は次に掲げる理由から、条例の解釈運用を誤っている、というものである。
条例においては、情報は開示することが原則である。そして、一定の法益を保護しなければならないときに限り、限定的に開示しないことができる情報を第8条各号に列記している。
即ち、第8条本文においては、「…次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書を開示しないことができる。」と規定し、同条5号には「開示することにより…著しい支障を生ずるおそれがあるもの」と定めている。
このことは、本決定の部分開示の理由としている「相談内容が外部に漏れないことを前提に、個人のプライバシーに関する相談を受けているものであり、… 『相談概要』を開示することは消費者被害にあった人から安心して相談できる場を奪うことになり、…」というような一括した抽象的理由を認めているものではなく、合理的な理由の存在する部分のみを具体的に示して、最小限に非開示にすることが認められるものであると解すべきである。
例えば、それぞれの相談者が、相談時においても現在においても、センター以外の者(事業者をも含む。)に対しては「相談概要」を明らかにすることを拒否しており、かつ、その拒否をすることに合理的な理由が存在すると認められることが前提になると考えるのが妥当である。したがって、当然本決定をするに当たっては、それぞれ本人に意思を確認することが求められる。しかも、その確認にあたっては、民主的な地方自治運営を推進する責務がある実施機関は、条例の趣旨である原則開示に沿った処理ができるよう本人の理解を得るべく努力する責任もある。
しかるに、実施機関は本決定にあたっては、原則開示の条例の趣旨に沿って、開示のための本人の理解を得る努力をした形跡が認められないばかりか、本人に条例の趣旨に基づく開示の意思確認を行った形跡さえもない。単に、個人の情報であるからという形式的な理由で本決定をしたことは、条例に違反するものである。併せて民主主義への挑戦であると言わざるを得ず、日頃情報の積極的開示を内外に喧伝している知事にしては言行不一致である。
なお、実施機関が主張するように消費生活相談が消費者救済の手段の一つであり、センターは当事者間で解決できなかった事項について事業者と消費者の間に入って斡旋する役割のあることは理解する。しかし、行政の総合性・行政資料の総合的利用もセンターの機能の一部である。即ち、同種あるいは類似のトラブルの再発防止のために相談事例情報を可能な限り広く県民に提供したり、その情報を基に再発防止のための施策や制度を作る等の活用をするというのも積極的な機能である。
行政や市民、事業者が情報の共有をすることが必要である。このことは、「三重県民の明るい消費生活を推進する条例(昭和50年三重県条例第2号。「三重県消費生活条例」の改正前の条例。)の制定に当たって実証済である。情報の共有こそが、事業者と消費者の対等な関係での消費者主権、消費者の自立を図る第一歩だといえる。
知事自慢の「三重のくにづくり宣言」の中に随所に見られる「消費者の自立」、「消費者への情報の提供」、「住民参加の政策形成や意思決定には住民への情報公開と情報の共有が必要」等という趣旨の記述や日頃の「情報先進県を目指す」という喧伝とは矛盾した条例の運用であると言わざるを得ない。
実施機関の非開示の理由は、条例第8条の「非開示にできる」という趣旨を全く理解していないと言わざるを得ない。即ち、前述した「三重のくにづくり宣言」での記述や知事の日頃の「情報は積極的に公開」という言動が政治的パフォーマンスではないかとさえ思われるほどである。 以上のとおり、本決定は非開示の具体性が認められず、「初めに非開示の結論ありき」であり、理由の存在しない不当なものである。
5 審査会の判断
(1)基本的な考え方について
条例の制定目的は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、県民の県政に対する理解と信頼を深め、開かれた県政を一層推進するというものである。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示項目を定めている。当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下について判断する。
(2)非開示の理由について
実施機関は、本件対象公文書は条例第8条第5号に該当するので部分開示が妥当である、と主張している。そこで、5号に該当するか否かについて判断する。
- 第5号(行政運営情報)の意義について
本号は、事務事業の内容及び性質からみて、開示することにより、当該事務事業の目的を失い、又は公正若しくは適正な執行ができなくなるおそれのある情報は、非開示とすることができると定めたものである。
また、反復的又は継続的な事務事業については、当該事務事業執行後であっても、当該情報を開示することにより、将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなるもの又は将来の同種の事務事業の公正若しくは適正な執行に著しい支障を及ぼすものがあるので、これらに係る情報が記録されている公文書も非開示とするものである。 - 第5号(行政運営情報)の該当性について
- 消費生活相談情報の一般的性格について
消費生活相談が秘密厳守を前提に行われていること、消費生活相談業務を行う上で消費者の信頼を確保することが重要であることは、実施機関の主張するとおりである。しかし、本件対象公文書に記載されている消費者被害情報は、国民生活センターが運営するオンラインシステム(PIO-NET)への入力の段階で、既に消費者個人を特定する部分を消去すべく工夫されており、被害の一般的状況の説明を記述するものとなっている。そして、消費生活相談情報は、その代表的な事例について新聞や消費者関係書籍に具体的な事例が紹介されるなど、開示を予定したものである。実施機関は「相談概要」を開示すると相談者に対する秘密厳守の期待を裏切ることになるというが、既に本件情報を全国的なPIO-NETに提供している段階で、当該情報が一定範囲で公開されることを容認しており、また、実施機関は本決定において、「件名」・「処理結果概要」については開示している。このような実施機関の態度は、当該情報を公表する公益性を自ら認めたものということができる。秘密厳守の約束は、被害者を特定しうる情報を非開示とすることで達せられる。また、実施機関は、開示を恐れる被害者にとっては救済の場を失うことになると主張しているが、今後のPR活動において、相談者の氏名等個人が特定されるプライバシー等の秘密厳守と併せて、センターの積極的な情報提供活動の重要性を十分に説明し、特定性の部分を消去したこの「相談概要」の情報の開示はあり得るとの理解を得た上で、相談を受けていくべきである。センターの情報は秘密性が守られることに意味があるのではなく、最終的には何らかの形で情報提供することによって、同種の事故の再発を防止することに意味があるというべきである。 - 本件「相談概要」の性格について
実施機関からは、本件公文書中に含まれる個々の「相談概要」の内容に即した、非開示の必要性についての具体的な主張・立証はない。また、当審査会において、実施機関が非開示とした「相談概要」をインカメラで審査したところ、個人名等相談者を特定できるような記載はなく、個人のプライバシーを侵害するような情報は発見できなかった。この程度の一般化された被害類型情報は、開示しても被害にあった相談者を特定することは不可能であり、信頼が損なわれるとは認められない。
また、事実、当審査会が入手した情報によると、兵庫県の生活科学センターにおいては「件名」、「相談概要」、「処理結果概要」を開示しており、それによる支障は認められないとしている。 - 「相談概要」開示の公益性について
「相談概要」は被害類型としての個別性を超えて一般化されたものであり、このような一般化された被害類型の情報を開示していくことは、将来の被害の発生を未然に防止するためには不可欠である。そしてこのためには、関係職員が情報を把握しているだけでなく、一般消費者等への開示の公益性は極めて高いと認められる。
よって、第5号には該当しないというべきである。
- 消費生活相談情報の一般的性格について
(3)結論
実施機関は、非開示とした「相談概要」についても開示すべきである。
6 当審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
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10.5.28 | ・諮問書受理 |
10.5.29 | ・実施機関に対して部分開示理由説明書の提出依頼 |
10.6.23 | ・部分開示理由説明書受理 |
10.6.29 | ・異議申立人に対して部分開示理由説明書(写)の送付、 意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
10.7.14 | ・異議申立人の口頭意見陳述申出書受理 ・異議申立人の意見書受理 |
10.10.1 | ・書面審理
(第90回審査会)
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10.10.19 | ・実施機関の部分開示理由説明の聴取 ・異議申立人の口頭意見陳述の聴取 ・審議 (第91回審査会)
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10.11.10 | ・審議 ・答申 (第92回審査会)
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三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
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会長 | 岡本 祐次 | 三重短期大学法経科教授 |
会長職務代理者 | 曽和 俊文 | 関西学院大学法学部教授 |
委員 | 渡辺 澄子 | 松阪大学女子短期大学部教授 |
委員 | 室木 徹亮 | 弁護士 |
委員 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
(注)本委員中、室木委員は平成10年10月31日付けで委員を辞任している。