三重県情報公開審査会 答申第183号
答申
1 審査会の結論
実施機関が行った非開示決定は妥当である。
2 審査請求の趣旨
審査請求の趣旨は、審査請求人が平成16年3月18日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「3月17日付にて審査請求人が逮捕されたが、その時の逮捕令状の写し一通の交付」の開示請求に対し、三重県警察本部長(以下「実施機関」という。)が平成16年3月24日付けで行った非開示決定の取消しを求めるというものである。
3 本件対象公文書について
本件審査請求の対象となっている公文書は「平成16年3月17日に、特定の警察署が執行した審査請求人に係る逮捕状(写し)1通」(以下「本件対象公文書」という。)である。
4 実施機関の非開示理由説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本件対象公文書は条例第48条(適用除外)に該当し、非開示が妥当というものである。
(1)訴訟に関する書類の一般的な意義
刑事訴訟法(昭和23年 法律第131号。以下「刑訴法」という。)第53条の2の「訴訟に関する書類」とは、被疑事件・被告事件において作成又は取得された書類であると解されている。同条が「訴訟に関する書類」を行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年 法律第42号。以下「情報公開法」という。)の適用除外とした趣旨は、
- 訴訟に関する書類は、刑事司法手続の一環である捜査・公判の過程において作成・取得されたものであるが、捜査・公判に関する国の活動の適正確保は、司法機関である裁判所により図られるべきであること
- 刑訴法第47条により、公判開廷前における訴訟に関する書類の公開を原則として禁止する一方、被告事件終結後においては、刑訴法第53条及び刑事確定訴訟記録法により、一定の場合を除いて何人にも訴訟記録の閲覧を認め、その閲覧を拒否された場合の不服申立てにつき準抗告の手続によることとされるなど、これらの書類は、刑訴法及び刑事確定訴訟記録法により、その取扱い、開示・不開示の要件、開示手続等が自己完結的に定められていること
- これらの書類は、類型的に秘密性が高く、その大部分が個人に関する情報であるとともに、開示により犯罪捜査、公訴の維持その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれが大きいものであることによるものである。 すなわち、訴訟に関する書類については、類型的に秘密性が高く、その大部分が個人に関する情報であるとともに、開示により犯罪捜査や公訴維持等に支障を及ぼすおそれが大きいものであることや、刑事手続の特殊性を総合的に考慮した結果、これら書類の取扱いは刑事訴訟手続に委ねることとされ、情報公開法の適用が除外されたものである。
(2)本件対象公文書が刑訴法第53条の2の「訴訟に関する書類」に該当することについて
逮捕状は、憲法第33条に定める「令状」である。逮捕状は警察官等捜査機関が被疑者を逮捕することについて裁判官が許可する書面、いわゆる許可状である。
捜査機関は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠の捜査を開始することができ、その方法としては、任意捜査のみならず、強制捜査を行うことも許容され、検察官、司法警察員等は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ、逮捕の必要性があると思料するときは、裁判官に逮捕状を請求することができるとしている。
これら一連の捜査手続の中で、作成又は取得された逮捕状は、刑訴法第53条の2に規定する「訴訟に関する書類」に該当することは明らかであり、条例第48条に規定する適用除外とされるため、非開示決定とした。
(3)本件対象公文書の写しが、刑訴法第53条の2の「訴訟に関する書類」に該当することについて
本件対象公文書は「写し」であるが、その内容は原本と何ら変わらないものである。
この点、内閣府情報公開審査会は、平成15年5月24日付けで「札幌医科大学附属病院の心臓移植手術に関連する医学鑑定書及び添付意見書の不開示決定に関係する件」の審査請求及び異議申立てに対し、「捜査記録を構成するという文書本来の性質が、上級庁に提出されたことによって変化するものとは言えない」旨答申し、「写し」の「訴訟に関する書類」の該当性を認めている。
本答申は、「訴訟に関する書類」である不起訴裁定書等が、上級庁の判断・指揮を仰ぐために提出され、あるいは、上級庁に対する報告書に添付されるなどして提出された場合であっても、「訴訟に関する書類」に該当すると判示した。
「訴訟に関する書類」が、上級庁に提出される場合、その原本ではなく「写し」が提出されることが通常であると考えられるので、本答申は、刑訴法第53条の2の「訴訟に関する書類」には、原本のみならず「写し」も含まれることを前提とし、その「写し」が上級庁に提出された場合であっても、「訴訟に関する書類」としての性質を失わない旨を判示したものと解する。
また、三重県情報公開審査会は、平成16年2月24日付け、答申第164号において「警察に押収された三重県RDF施設・発電施設整備事業技術提案図書等の写しに関する開示請求に対し、条例第48条に定める適用除外に該当するとして非開示決定に対する異議申立て事案」につき、「本件対象公文書のコピーは、押収された原本と同一の内容を有するものであり、刑訴法第53条の2で規定する『訴訟に関する書類及び押収物』としての性質を失わないものと判断せざるを得ない。したがって、コピーも原本と同視し得るものと認められるから、刑訴法に規定する押収物として条例第48条に該当し、非開示とした実施機関の決定に誤りがあったと言うことはできない。」旨答申し、上記内閣府情報公開審査会と同様、「写し」の「訴訟に関する書類及び押収物」の該当性を認めている。
5 審査請求の理由
審査請求人の主張を総合すると、次に掲げる理由から実施機関の決定は、条例の解釈運用を誤っているというものである。
- 公開請求文書である「請求人の逮捕状」は、刑事訴訟法第53条の2に規定する訴訟記録ではない。令状である。また弁論は公開であり訴訟の関係人とは、とりもなおさず請求人である当人のことである。したがって、条例第48条に規定する適用除外に該当しない。
- 公安委員会及び捜査機関は、逮捕令状が、訴訟に関する書類に種属するとしているが、逮捕令状の写しが、訴訟に関する書類とはどこにも定義されていない。仮に訴訟に関する書類に属していたとしても、逮捕令状の特異的存在位置(逮捕される当人に対し令状の内容を明らかにする。)は微動だにするものではない。本件請求は逮捕された当人の逮捕令状の写しの交付を当人が請求しているものであり、断る理由はない。
6 審査会の判断
(1)基本的な考え方について
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2)条例第48条(適用除外)の意義について
本条は、情報公開法が適用除外としている公文書について、条例の適用除外とすることを定めたものである。情報公開法の適用を除外することが定められているのは、個別の法令で自己完結的な閲覧・複写の制度が認められるものは、当該制度に委ねるという趣旨であり、いわば制度の棲み分けを図ったものである。
(3)本件対象公文書が、刑訴法第53条の2の「訴訟に関する書類」に該当することについて
ア 実施機関は、本件対象公文書は、刑訴法第53条の2に規定する「訴訟に関する書類」であるとして条例第48条に規定する適用除外の公文書に該当し、非開示が妥当と主張する。一方、審査請求人は、「本件対象公文書が、『訴訟に関する書類』とはどこにも定義されていない。」とし、開示すべきであると主張する。また、審査請求人は、自分は逮捕された当人であるから、情報公開制度の中で、令状の内容を明らかにすべき旨主張する。
イ 確かに、刑訴法第53条の2に規定する「訴訟に関する書類」を定義した規定はなく、同書類の範囲が明文上必ずしも明確であるとはいい難い。また、何人も令状によらなければ逮捕されない権利は、憲法上保障されたものであり、刑訴法第201条では逮捕状を被疑者に示さなければならないと規定されていることに鑑みると、審査請求人の主張も理解できないわけではない。しかし、問題は、本条例による開示請求が相当といえるか否かである。すなわち刑訴法が刑事記録開示のルールを自己完結的に規定していると認められ、同制度に委ねることが相当といえるかということが問題となる。
ウ そこで刑訴法を見ると、刑事訴訟手続においては、手続の進行段階に応じて、種々の権利利益を比較衡量しつつ、必要かつ合理的な範囲で、記録の開示・不開示等の取扱いが定められている。すなわち、公判開廷前においては、訴訟関係人の名誉が毀損され、公序良俗が害され又は裁判に対する不当な影響が惹起されることを防止するため、公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合を除き、公にしてはならない(刑訴法第47条)ものとし、公訴の提起後は、刑訴法第40条において弁護人の閲覧謄写権を、刑訴法第299条において当事者に取調請求に係る書類の事前閲覧をそれぞれ認め、さらに、被告事件の終結後は、裁判の公開の原則を拡張し、これによって裁判の公正を担保するとともに裁判に対する国民の理解を深めるため、原則として何人も「訴訟記録」を閲覧することができる(刑訴法第53条)と定めている。嫌疑不十分、起訴猶予による不起訴処分の場合の書類の開示については、明文の規定は設けられてはいないものの、刑事訴訟法上、上記のような各規定が定められていることから、不起訴処分の場合も上記規定等の解釈により、関係人の名誉等を考慮し、個別具体的な判断をするのが相当であり、条例により県民一般に認められた情報公開制度の中でこれを判断するのは相当でないと思料される。
エ したがって、「訴訟に関する書類」の定義はなされておらず、明文上は必ずしも明確ではないものの、本件対象公文書は、刑訴法に従い開示・非開示の判断がなされるのが相当と認められるから、刑訴法第53条の2に定める「訴訟に関する書類」として、条例第48条により除外される公文書とするのが相当である。
(4) 結論
よって主文のとおり答申する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙「審査会の処理経過」のとおりである。
別紙
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
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16. 4.23 | ・諮問書の受理 |
16. 5. 7 | ・実施機関に対して非開示理由説明書の提出依頼 |
16. 5.24 | ・非開示理由説明書受理 |
16. 5.24 | ・審査請求人に対して非開示理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
16. 6. 1 | ・意見書受理 |
16. 9.28 | ・書面審理 ・実施機関の補足説明 ・審議 (第206回審査会)
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16.10.19 | ・審議 ・答申 (第208回審査会)
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三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
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※会長 | 岡本 祐次 | 元三重短期大学長 |
※会長職務代理者 | 早川 忠宏 | 弁護士 |
※委員 | 渡辺 澄子 | 松阪大学短期大学部教授 |
※委員 | 寺川 史朗 | 三重大学人文学部助教授 |
委員 | 豊島 明子 | 三重大学人文学部助教授 |
委員 | 丸山 康人 | 四日市大学総合政策学部教授 |
委員 | 竹添 敦子 | 三重短期大学教授 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。