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三重のふるさと

鈴木輝隆氏基調講演 全文

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こんにちは、鈴木です。
私は、全国を歩いて住民自治や地域づくりなどの地域経営を調べています。そうした現場の情報と、専門委員となっている国の長期計画である「国土形成計画法」、この2つの点から話をしたいと思います。
それでは、パワーポイントで話を進めて行きたいと思います。

私は、地域には賞味期限があると思っております。昨日も大台町の宮川地域を見せていただいたわけですが、「森の番人」も賞味期限があるのではないかと思います。「森の番人」が頑張ってきた、で次に頑張る人が生まれてきてもいいのではないかと話をしたのですが、子供さんや奥さんが頑張ってもいいのではないかと思います。
地域が色々なことをやってきた中で、行政が一人勝ちとなったが、地域の主役はいったい誰だろうか?と考える時に、地域の主役ってやっぱり住民じゃないかなと思うわけです。気がつかないうちに、いったい誰が主役なのか解らなくなってしまうことがあり得ると。その時には、やってきたことをもう一度気付いて見直していくというようなことをすればいいわけですが、行政の人は、毎日そこに住んでいると、すべて分かっていると思ってしまうのです。その町にずっと住んでいるわけですから、例えばこの川は美しいといっても、その川の流れに入ったことがあるのかと、川底のものを見たことがあるのか?川の表面だけしか見てないのではないか?と思うのです。身体をもって気付いていく、それから自分を客観視したり地域を客観視しながら見ていく。初めて経験するような不思議な新鮮さを持って、地域というのをもう一度見直さなければいけない。
例えばですね、一見自分の町は平穏なようだけれども、インターネットの世界が現実の世界を支配している、商売をやっている方も店を開いていなくてもインターネットで物を売っても食べていける。インターネットの世界で、地域の情報としてどんどん流れていったりする。それから、私は山梨県に住んでいるのですが、山梨県の早川町の空き家を学生が調べたら、空き家率が、なんと37.2%、1,149軒のうち空き家が428軒もあった。これを発見したのが、役場の職員ではなくて学生が発見したのですね。
その他、山梨県の北杜市須玉町の津金地区でも、空き家が41軒、独居老人が38人というのを、かつて郵便局に勤めていた人がこれだけ空いているよ、と発見したのです。この空き家をどう活かそういう事が生まれるようになった。地域社会を一度知らないという形で、「未知化」していかなければいけない。そういうことが生まれてこないのは、行政の人も地域の人も分かっていると思ってしまって、分かっていると思ったときから地域への認識は深まらない。
今の生活をそのまましていけばいいかというアンケートがあります。後ほど 皆さんの手元にある資料を見ていただければわかりますが、1997年、45.2%の人がより良い生活のためだったら今の生活を変えてもいいと言ったのが、2000年にはなんと70%近い人が、変えてもいいと言っている。これから新しい提案をして、今の生活を変えていってもいい、変化を望む人が多いのです。昔は良かったとか、それから合併前は良かったとかいう色んな話がありますが、今の生活が良くなるためだったら変えてもいいという意識がある。これは国土審議会の中で論じられているわけですが、腹を括って日本人がやると決めたらやる。腹を括らなければ、いつまでもぐずぐずしている。だから腹を括らなければだめな時代じゃないかということなのです。
また、空き巣に入られたら、あなたは、最初に何をしようと思いますか。警察に働きかけて地域の見回りなどを強化してもらうというのが、50.2%。隣近所同士で助け合うというのが、41.3%です。警察をあてにしていないということです。国民が信頼している相手というのが最初にあります。そこで見て下さい。警察官は70.9%が1997年に信頼されていると、それが2000年には、44.2%になってしまう。要するに空き巣が入った時に自分達で助け合いますと。仕事に関する考え方も、終身雇用で一つの仕事ではない、兼業だよと。それから家についても、一つの家で住むだけではなくて兼居というようなことも出ております。要するに変化に対してですね、寛容になってきている。そして、覚悟を決めて今の生活を変えていかないと、自分達自身が変えていかないとだめだと、住民の人は考えてきていると思います。
 先程言いましたように、地域のことは知っていると高を括っているわけです。空き家のことにしても、地域の人の意識についても、ずれが出てきています。そのためにはどうするかというと、地域を未知化する、要するに地域に潜んでいる力を見出し、フルに活用するということですね。
皆さん、今日の資料なんかもどうするかというと、持って帰って回覧したらファイルしてそれで終わりだ。ファイリングしてしまうと、死蔵するファイルがどんどん増えていくということなのですね。死蔵しないでどのようにアクティブに使っていくか。古民家の空き家がでてくる、それから色んな公共施設が使われなくなってくる。死蔵していく資源というのが非常に多くなってきている。表面だけみていると先程言いましたように変化がないようですが、やはり川の底まで見ていくような事をやらなきゃいけない。それを臨床地域学と、私は思っています。地域の空き家を本気になって一軒ずつ調べてみる。大家族で住んでいた家を維持するのが大変だ。今の新建材で造った家は簡単に直るものの、本当にそれは残していく価値があるのだろうか。そういうものを地域の中を見つけていく。自分が何々したいという主観的よりもまず客観的に自分の自我を殺しながら、もう一度見ていく必要があるのではないか。とにかく高を括らない、現実は変わっている。そして自分も変わろうとしているということを前提として、現場から見ていくということが必要じゃないかと思います。
 知っていると思った時からですね、理解しようとしない。分かっていると言ってしまった時に、相互の無理解が起こってくる。合併した市町村が、隣の町のことを本当に知っているのかと言った時に、それは知ってないわけです。合併後にどうするか、一つの町に簡単になるということじゃなくて、コミュニティ同志の交流もしていかないとお互いに理解できないわけです。先入観とか独断を排除しないといけない。選挙があって、元町長が戦って、勝った、負けたという川の表面のことじゃなくて、本当に理解しあってかなきゃいけない。それから、住民のやる気、モチベーションを考えると、これまでは個々人の気持ちや感情をデザインしてこなかった。枠の中で、従うことだけをやってきた。かつ新しいものをどんどん作っていくことがいいことだ、今日あるものは明日古くて見せることによって、新しいことばかり追いかけてきた。環境の中にとけ込んでいる潜在的な力を発見する、一人一人の住民自治とか住民の人の方に目を向けているようだけど、行政のお金によって一人勝ちをしてきた部分は多いと、色んな地域を見て感じています。
 三重県の観光振興の基本的な姿勢、地物一番ってなかなかこれ、良く出来ていると思いました。現場主義の徹底、選択と集中、おもてなしの心の醸成、本物志向、これを本当に自分の情報として身体化してやっていけるかということが問題です。考え方やコンセプトはいい、だけどコンセプトは一つでも、アイディアを多数出していくということが重要なわけです。デザイン的にも非常にいいと思います。これは一つの県のコンセプトであると。これを自由に発想していくアイディアが、県職員に、そして県民一人一人にあります。デザインとは新しいよと思わせるより、情報が身体の中に入って、それが離れなくなる。身体化したものは生きています。そうでなければ、これは県が作った単なるお遊びだよという風に言われてしまうわけです。環境に内在するものから引き出していくかということだと思います。
 じゃ、風景というものはどうだろう。農山村の話なんですが、都市計画というのは、木一本にしても、水辺にしても計算しつくされています。それに対して自然発生的に形成されたのが、農山村風景です。農山村風景はそこに暮らす人の感性です。居心地のいい場所をつくっていこう、いい品質の農産物を作っていこうとする結果、農山村の風景を作っていくわけですから。今日、勢和地区なんか見させていただくと、話を聞いてみると住民の感性とか景観への感受性が農村風景を作っている。そしてそこのライフスタイルとしての「まめや」というようなものを見せていただくと、それは住民の感性から生まれている。これは計画的じゃないということです。う日々の営み、自然発生的に生まれてくる独自の景観が、都会人を潤したり、癒したり、安らぎと感動を与えます。これは後程お話しますが、プランを作ってプラン通りやるということが、いいという時代ではないということです。 
 切磋琢磨からアイディアが無限大になります。今までの考え方は、国が政策を出す、それに対して補助金を付けるという形ですから、公的な援助の下で、非常に効率が良かったのです。最近は、国にお金がなくなってきたから、政策は出してもお金は出さないので、なかなか飛びつかないと国の人達も言っています。公的な援助の下で効率がいいということは、国や自治体に守ってもらう、それは何処まで行っても、ワンオブゼムなのです。多くの中の一つにしか過ぎない。だから印象が薄い、インパクトが弱いということなのです。今日の勢和を見ますと、自分達の歴史の中で、背水の陣、枠がない自由の中で自分の責任と個性でやっているから、インパクトが強い。ワンオブゼムじゃ印象が弱いよ、インパクトがない。
 地域の経済を生み出すということは、経済から地域が変わるのではなくて、社会の変化が生まれてきて、経済のあり方が変わってくる。具体的には又後程お話したいと思います。
 プランを作ってプラン通りを実現するとすぐに賞味期限がきてしまう。それは、ワンオブゼムでもあるし、失敗はしないが、イレギュラー(個性)ではない。自分達でプランを作る、それで訓練をしてそこに到達する時には時代が変わっている。常識が変わっている。行政がプラン通りやっているからだめだよ、と民間の経営者は言います。プラン通り以上のものが出なければだめだ。みんなのレベルを揃えることに一生懸命なっている。これは、合併すると一つにならなきゃということで、一人一人の個性を伸ばすことよりも一つになることばっかりをやっている。実は一人一人の個性を違った面に伸ばすことが大切なのです。コンセプトは一つだけどアイディアは無数を出していかないとだめです。地物一番は地物一番のシールを貼ったらもう終わりということではない。アイディアは無数に出して、計画した以上の成果を出す時代です。時代の速度も速い、3年、5年がかりでやる、もうその時には時代が違う。非常に難しい時代が来ている。先程言いましたように、プランで、一斉とか一律とか確率性とか効率はいいが、実は同じようなものを作っていくわけです。時によって共倒れになっている。画一化、一斉なものは、効率はいいが、マイナス面を持っている。
 今度の国土審では、多選択社会、あれかこれかではなくて、あれもこれも同時平行にやっていかなくてはいけない。ほんとに忙しくなるわけですが、それでも与えられるのではなくて、自分が生みだして、自分が決めていく。例えばグリーンツーリズムの場合言っているのは、兼業農家がなんで観光をやるかと言ったら、農業を生かすために、何とか農業を続けるために、兼業で観光をやっているわけです。だから観光をやろうと思っているわけじゃないです。農業をどう生き残すかということで、兼業観光なのですね。兼業農家は兼業観光に私はなってくるのではないかと思います。
それから、自家販とか通販、地産地消とかいうものは、一つの感動のドラマが必要なわけです。直接売ってくわけですから、みんなを感動させる、共感させるドラマが必要なわけです。今までは量で解決しようと思ったけどそうじゃなくて、やっぱり共感を受けるドラマがいるのです。
ものの考え方が、変わってきたということです。例えば町に来る人達、ビジネス客と観光客とは違うのかと言った時に、ビジネス客で来た人にも寄っていって貰おう、買って貰おうということをやらなければいけない。観光客もビジネス客も今まで分けて考えていたけれども、分けて考えるべきじゃないということです。もっと言えば、来る人にIターン、Uターンまでして貰わないと、人口減の時代に、観光客が住民になって貰うとことまで考えないといけない。
インターネットでものを買っていったりする人も出てくるということで、情報力から交流ビジネスを起こす。それはビジネスか、ボランティアかも区別がつかない。今日も見せていただいた多気も、ボランティアかビジネスかわからない。ボランティアの人が一緒に遊んでくれるということを伊勢でもやっています。一番の楽しい旅というのは、そこのボランティアの人と一緒に遊んで貰えるということが非常に楽しいわけです。だから、ビジネスかボランティアかやっている人も分からない。来る人達もビジネスといっても、美味しいものを家族に買って行ったりすることはある。どこか途中で寄って買い物する。観光客用に作った宿泊施設をビジネス客が利用してもいいわけです。ところが今までは観光客というだけでしかとらえてなかったと思っています。ビジネスで来る人に地域の産物を買って行って貰おうと、もっと強く考えていかなければいけない時代が来ていると思います。あれもこれも、多選択です。
 みんなが地域で思っている独断というものをもっと客観的にする。無意識の見えないつながりというものを見つけていかねばならない。個人の生き方が、多選択になってきます。今、空き家が全国で300万戸あります。これから400万戸を越えます。人口が減って行きます。住む所も二地域居住が出てきているわけです。三世帯同居の20年も越えてしまう。お嫁さんが来たから一緒に住むということが果たしてあり得るのかというと、昔は5年我慢すれば良かったけれど、20年以上我慢できるかと、議論されている。同居じゃなくて、近居だとか、住む所も多住になり、そして仕事も多様になってくる。一つの企業に勤め、他の企業に勤めるということはなかなかできないわけです。企業の秘密が漏洩するということですが、某ビール会社は他の仕事に就くことによって、二つの仕事をやることによって、視野が広まり、色んなネットワークが出来るからいいですと。これからの仕事は一つでないかもしれない。公務員もこれから身分を保証されないかもしれないけれども、多業が必要だということになれば変わるかもしれない。そうした社会の変化が先程言いましたように新しい経済を生み出す。
次に、地域の社交力ということですが、これは地域に生産系の人がいますが、それに才能系の人達がくると、地域の産物を情報化して、情報の品質がいいと、お客さんが来たり、ものを買っていったりする。地域は、ただ生産系でものを作っていればいいというのではなくて、才能系と結びつかなきゃいけない。それがインターネットになったり、パンフレットにもなったりするわけです。そういう地域の社交力が、才能系としてのIターンUターン者を呼び、才能系が住まなくても、地域のファンとしてネットワークがされていく。
地域に優れたコーディネーターがいないと地域の人間は人口が減っていく。今から2020年までに、毎年60万人位ずつ減っていくわけです。それ以降になりますと80万人ずつ減っていく。大きな政令都市が一つ位減っていくわけですから、地方では、高齢化は進みませんが人口は減ります。高齢化が進むのは大都市です。東京とか、要するに若い人が年をとるからで、若い人がいないところは、人口が減ります。地方では高齢化率はそれほど変化しないです。要するに若い人がいないから、いずれはいなくなってしまう。どんどん集落は消えていってしまう。今から頑張って子供を作っても20年後に20歳になってくるという状況ですので、もう高齢化の問題ではない、人口が減っていくだけだと考えていただいていいと思います。そのためには、そういう人を入れていくことも必要だということです。
それからローカルデザイン力と人間の絆ということについて。後程ローカルデザイン力ということはお話したいと思います。勢和で聞いたのは、人間の絆が大切だということです。社会関係資本が人間の絆です。そこからいろんな経済が生まれてくるということは皆さんご存じだと思います。
それでは、個性ある地域作りのポイントです。市町村合併後、停滞する機能というのは、きめ細かな行政サービス、地域意向の把握、独自の政策の継承、地域のことを専門に考える企画力、事務局の機能も減っていってしまう。そこで住民主体の地域づくりや新しいコーディネート、行政の役割、地域のサポートそれからコミュニティを超えた交流が必要ということです。合併すると個性が消えていってしまう。秋田県の湯沢市の稲川町は今度の合併で、昭和の合併で消えてしまった地名を復活させました。稲庭うどんという有名なうどんがありますが、稲庭の名前が合併で消えてしまいました。それを平成の合併で地名を取り戻したのです。それはどういうことかと言ったら、住民自治というものは地域の産業と結びついているから、地名によって地域ブランドを再生したのです。地域の個性を残していかないと、未来はないのです。
広島県安芸高田市は、6つの町が合併してできました。地域ごとの温度差を認めながら、地域のあり方を考えています。旧高宮町の川根地区は住民自治から地域づくりをしています。市全体では、32の地域振興会があり、その温度差を活用しながら、地域の個性を継承していこうと考えたりしております。
それから、柏崎市高柳町、人口8万6千の柏崎市に、人口2千3百の高柳町が、去年の5月1日に編入合併したわけですが、住民自治を作っていこうということで、やっていますが、厳しい状況です。「じょんのび高柳」という個性を継承していこうと、パンフレットとかポスターとか色んなものを作ったりしています。ここにありますが、「じょんのび高柳」のシール1枚7円で、町民に配っていく。ガムテープが1本50メーターが280円で作れます。それを町民が封筒に使ったり農産物を送ったりする時に、付ければその町の特産品になります。合併しても、住民自治と一緒に地域の個性を継承する動きがあります。
それから、新潟県の上越市安塚区14の市町村が合併して住民すべてのNPOを作ったり、産業を興したりしています。旧町村独自の地域づくりを継承しようと、地域の地縁団体を作って地域の公共的な財産を継承していこうとしているわけです。
長野市松代町は、39年前に合併して、辺境として疲弊したけれど、住民自治から地域の個性を継承するとともに、経済的にも町が活性してくるということを、後程お話します。
北上市の合併は、平成4年ですが、我々はお金のために合併したわけではない、未来の子供達のために合併したのだといいます。北上市は、和賀町と江釣子町を合併しました。分庁方式をとっています。また、江釣子の商工会が非常に面白いことをやっております。地域の困りごとに対してお手伝いします。地域マネーに近いことをやって、時間給700円~2,500円で直しに行くというのを商工会のメンバーがしています。地域の困り事に商工会が動き、そのことで年間に15億円の仕事が生まれています。地域の困り事を商工会が先ずやるべきだと、それから物を売るべきだ。ご用聞きということで地域の困り事相談所というものを作って、暮らしの応援隊を商工会が作り、ビジネスが起き、住民自治も起きたりしております。
市町村合併後に発展するか、しないか。合併後よりも地域づくりが後退するというのが、多かったのです。じゃどうするか、住民主体の地域づくりの展開をどうしていくかということです。地域の意識改革というのは、52.2%、意識改革をどのようにやっていくかということを住民自治から考えている。場を作り、この具体的な例を長野市松代町に求めますと、場を作り、責任ある組織を作っていく。自分達で地域を未知化して知っていく。そして自分達で将来目標を作ったり、実験的な取り組みをやったり、自分達のメディアを作ったり、地域経営を住民自身が行っています。
地域産物の直接販売というものについても、4つくらいに分類されている。路面で販売する起業型、集めてよそで売るというもの、それから地域経営型と地域直販型です。「まめやさん」でしているのは、地域経営型と思います。物を売るだけではなくて、地域をどう経営するか、実は住民自治とつながってくる。
住民自治のポイントは、新しい地域のコーディネートということなのです。住民と行政との間にコーディネート機能が働くということです。ですから、この人とこの人を結びつけたらいいな、あの地区とこの地区がこういう事をやったらいいだろうなとか。地域のことを深く調べるため臨床地域科学をやったり、シンクタンク機能であったり、サロンであったり、要するに住民と行政との間になるもの。それは中間セクターと言われるもので、NPOであったり、商工会であったり、農協などです。しかし合併とともに、農協や商工会が消えていってしまい、地域でみんなが集まったり、みんなで相談したり、みんなでやろうという場が、地域から消えているのが合併後の状態です。地域の中からコミュニケーションが消えていってしまう。そして、刺激もなくなってくる。ですから刺激を与えたり、余所からのエネルギーを連れてきたり、地域の中のいろんな人を結びつけたりする中間セクターが、一つはある。それを地域協議会や地域づくり委員会でやっている所もあります。
3番目のポイントは、行政の果たす役割です。住民の地域づくりを上手に支援していかないといけない。一番大きいのは住民の活動を認知する。場所を提供してあげる。情報をあげることが、行政の大きな役割です。
それから、職員の適正な配置をしなければいけない。部署の工夫とか活動拠点。これからの行政は住民の力を借りないとできないということがはっきりしています。行政の一人勝ちだけでは、なかなかうまくいかない。
コミュニティを超えた交流での新展開ということです。これは合併した地域同士が行政だけでなくて、あるコミュニティとコミュニティが直接交流する。例えば高柳の場合であれば高柳の伝統的な祭りが柏崎市の市内のコミュニティのお祭りの時に行く。それから高柳の食べ物を柏崎へ行って、イベントの時は出す。逆に町の人達は田舎のお祭りに参加して、花火代を出して一緒に楽しむ。要するにコミュニティとコミュニティが交流することによって住民同士が、お互いの地域を知り合っていく。尚、コミュニティの意識の範囲の調査をでは、小学校区が一番、それから中学校区か旧市町村までです。全市を挙げて、一つのコミュニティというのは、なかなか難しい。顔の見える小学校区とか日頃から付き合いのある場所をコミュニティ単位と考え、活性化していくしかないだろう。
あとは、合併後の地域づくりに活用できる国土交通省の政策ということが出ております。
次は人口減の時代、主役である住民とは誰かと言ったときに、国土計画では今までの考え方と違います。定住人口とは静止人口だけでないという考え方をしています。 交流人口は観光客、一時的に滞在する経済的な効果があります。
新しい考え方として出てきたのが、二地域居住です。1ヶ月以上都市住民が中長期に渡って同一地域に住む。これから団塊の世代を中心に前後しますと1,000万位の人がリタイアします。地方の空き家が現在、300万戸ある。そうはいっても、名古屋を離れられない、東京も大阪も離れられない。そこで二つの地域の住民になる。住民は、そこに住んでいる人だけでは無い。
  二つの地域に住民票を出していって、交通費が安くなる定期を発行する。住民税票をも二つに分けていくことはできないだろうか。時間人口的に考える。もう一つは、情報交流人口です。自分が住んでないけどその町に寄付をするよ、というふるさと寄付条例などが生まれてきています。宮川地域が森の番人を展開していますが、まちづくりに協力してくださいということ。
  東京圏では、毎年10万人ずつ人が地方から入ってきます。名古屋圏・関西圏はほとんど変わらない。地方圏においては、10万人近い人9万人位の人が減っている。地方圏はどんどん人が減っているというのは、先程言いました様に、高齢化率もある程度上がるにしても人口は減っている。そして、団塊の世代の中心に約1000万人位います。これから後30年たつと、第一ベビーブームで900万人位います。団塊の世代と団塊のジュニアで急増する高齢者。
大都市の住民の中でアンケートをとりますと、平日は都会で、休日は田舎でという人が5割くらい、両方平日も休日も田舎でという人は12%位、東京を離れられない、名古屋を離れられない人も4分の1位。田舎で過ごしたいなあと思っているが、田舎にどっぷり浸かって住むにはやっぱり不安もあるし、重いなあと言う人がいるわけです。
空き家が今11%、300万戸あります。2020年になると450万戸、18%位が空き家になる。空き家をどう活用していくか。空き家を持っている人のアンケートをとりました。空き家を持っている人は、売りますか?貸しますか?どのような条件だったら、貸しますか?売りますか?と聞きました。都会の人には、どういう条件だったら買いますか?使いますか?を学生が調査をしました。空き家の地主さんの協力を得ながら、これを活用して、地域に必要な人口が確保できる制度を考えています。空き家のまま持っているとだめになる。そういうようなことから二地域居住が生まれてきたわけです。
今、二地域居住は推定で、100万人位います。それが、2030年になると、1,000万人位になる。2020年で680万。この人達をどのように受け入れていくか、多様なライフスタイル、先程言いました様に兼居です。逆に、田舎の人は都会のマンションを持ったりするかもしれません。あれもこれもという選択できるような社会になってくるのではないか。
情報交流人口は、インターネットの普及によって、コストを安く自分の町を知って貰うことができます。町の名前を知って貰い、町づくりを知って貰って、共感して貰う。税金や交付金じゃなくて、町づくりはいいかとか、あの町に金を出したいというような方向にいこう。将来その町に住みたい。あの町には時々遊びにも行ってみたい。税制上、検討していかなければいけないということも出ています。
先程言いました様に定住人口だけで考えていけば、もうピークは超えています。人口は減っていく、交流人口はなかなか力にならないです。消費税をもっと地方税にしていけばいいわけですが。地域は誰が、作っているのかと、その主役は誰だと、この4つの人口で考えていこうと、議論されています。
抽象的な話ばかりしてきましたので、少し目を覚ますような話をしていきたいと思います。「里の海」という概念を作った高知県の事例です。人の海から豊かな恵みを享受するだけじゃなくて、人も海を耕し守るということが「里海」。里山は聞いたことがあると思いますが、最初に里海と言いだしたのが、高知県大月町の柏島です。
高知市からは3~4時間位かかります。人口は約530人。ここは日本で一番魚種が豊富で1,000種類います。新種発見種が100種類位。美しい珊瑚群がある海です。そこに高知大学を出て東大のドクターを出た神田優さんが、高知大学が柏島に海の研究所を作ろうと思ったができなかった。そこで自分でNPO「黒潮実感センター」を作りました。
蛙のようなこれは魚、ジョーフィッシュ、広い海の中で1匹しかいない。1万人2万人の人がこの一匹を見に来るのです。どこに生息しているか、生態系から分かるそうです。今から5、6年前にはダイビング業者は一つもなかったのですが、今十数軒あるそうです。観光客も大勢来ています。
「島まるごと博物館」を目指し、持続可能な海を作っていこう。それには、自然を実感できる取り組みをしよう。自然を生かしていこう。自然と暮らしを守る取り組みをしよう。実感センターというのは、単なる体験だけじゃなくもっと感動するような実感だと名づけたそうです。
自然を実感する取り組み、海洋生物の調査や里海セミナー、環境学習とかエコツアーをしています。持続可能な海を作っていく。珊瑚群を100メーターに渡ってチェックをして、世界に情報発信をする調査活動を、高知大学やボランティアの人達と一緒に取り組んでいるのです。
それからアオリイカ、イカの中で非常に高いものです。柴付け漁ということで、間伐したヒノキを海の中にダイバーが打ちつけ、そこに卵を産み付ける、アオリイカの増殖をしています。アオリイカが増えれば、ダイバーが海を豊かにするということで、ダイバーと漁民とが、協力体制をとれる。子供が真ん中にいて、山から間伐材を取ってくる。どこに卵を産み付けるかを考えて名前を書いた板を縛り付けます。子供たちが間伐材を海の中に入れると、ダイバーが、海底に杭を打ち込んで固定する。置いたとたんにアオリイカが卵を産卵しにくる。それをビデオで撮影して、どこに産み付けかを、子供達とクイズの様に調べていきます。
漁業者とダイビング業者と林業業者が、子供を真ん中にしながら、森、川、海をつなぎます。ビデオを見て子供達は、自分も海を守る研究者になりたい、海を綺麗にしていく人になりたい、と育っていきます。子供が核になるということで非常にまとまりがよくなる。
黒潮実感センターには、毎日子供がやって来ます。子供は仕事の邪魔になるけれども遊びに来ます。年寄りの人も集まってくる。黒潮実感センターは廃校になった中学校でやっている。神田さんは、もう40歳になりましたが、とにかくファンが多い方です。
柏島学という地元学を高知大学と一緒にやっています。経済とか法律の社会科学系と自然科学系が一緒になり、教材を作りにして、柏島大学も開催しています。単に、観光客が来ればいいということではなくて、科学的な面から研究し、継続性を持つということです。
自然を生かす暮らしとは、観光客が来ても、観光業の人たちだけが潤い、住民は豊かにならない。楽しくない。そこで、「島おこしをする会」を作って、「里海市」をしている。里海市とは、「ブリのへだ寿司」というのは、ブリ一匹を料理するものだから、大家族じゃない年寄りの一人暮らしの人達は食べられない。住民と協同で料理をする。一番先に買いに来るのは、地元のお年寄り。里海市はNPOが真ん中に入りやっている。
自然と暮らしを守る取り組みは、神田さんはこれを一番やりたい。例えば珊瑚を喰う珊瑚食巻き貝の駆除、全国のボランティアがピンセットで捕る。海にゴミを捨てたり、古くなった自転車を捨てたり、こうした海を汚しているのは、実は地元の住民なのです。そのゴミを引き上げているのはダイバーです。ゴミを海から集めて山にすると、次の日には地元の人はそこはゴミ場と考えをゴミを捨てる。地元の人が平気で汚し、ダイバーがゴミを集めたのですが、ゴミは産業廃棄物で、行政は回収しない。ボランティアが、お金を出し、それを処分したのです。
神田さんと地元の人でなくて、外から来て、やっているので、地元の区長さんが、あんたはここまで、町を活性化してきたからもう出ていってくれと。そんな中で、住民の中で神田さんと一緒にやって来た人も多いのです。住民の人達が、外の人を受け入れながら、環境から持続可能な観光、楽しい暮らし、そうした住民活動をやっている。
今、国では、個性ある地域作りの継承を目指し、それを多様な主体が担ってほしいと考えています。行政以外のものが担ってもいいのだよと、二地域居住であったり、交流人口であったり、住民というのはそこに住んでいる人達だけではないのです。地域の資源を価値あるものにしてくれる人をもっといれるべきじゃないか。これは地域再生の内閣府のホームページに書いたり、テレビの方でも放映されています。要するに誰が主役なんだって言ったら地域のものを生かしていく、地域のものを持続可能にしていく人が必要だと、応援しています。県庁の人も応援してくれている人はあります。
自分達の暮らしのルールを作ろうと、「柏島憲章」を作ろうとしています。柏島憲章を作るということは、洗剤の問題など色んな環境問題があります。なかなか進まず、地元の人達の意識改革から始めています。
一番の神田さんの協力者達は女性達です。昔からの漁師の人達には、なかなか分かって貰えない。新しい若い人達がどんどん帰ってくるのですが、スカイダイビングとかそういうことの仕事に就いたりしています。観光ではなく、環境にとなるので慎重になります。ローカルルールを作って情報発信をしなきゃいけない、と言っています。
住民自身が、交流しないと活性化しないです。人間の脳は、刺激がないと活性化しないです。脳は色んな刺激があることによって、さまざまに考え、可能性を追求します。自然科学と社会科学を結びつけていく、科学的な町づくりが必要だということ。これからは臨床地域科学という形で、地域を客観視していこう。熱い心とクールな頭が必要だよと、熱い心だけでいつまでも長くは続かない。クールに情報を分析しているのが、黒潮実感センターです。
これからはネットワークが大切です。大学、ボランティア、水産業それから小中高の学校、観光業、行政、色んな形で結び付ける。そういうネットワークを地域の中で構築できる場が中間センターで、住民主導がやりやすい。
次は、長野市松代町です。長野市は38万位です、松代町は2万位。長野は去年の合併で、面積は1.9倍になりました。長野は善光寺が観光地で、あとは東山魁夷の美術館位しかないと言われていました。
真田十万石の城下町、お城はありません、城門だけです。1560年に山本勘助が作った城で、2年後の大河ドラマになります。松代町は合併することによって疲弊したといわれてきました。人口も2万5千位あったわけですが、合併しなければ、小布施町より発展しただろうといわれています。ところが、40年前、長野市が県都にふさわしい人口をと、松代町を合併したのです。今でも使われている文武学校があり、歴史ある町です。
今では、NPO法人「松代の町と心を育てる会」を作って、住民自身が町の歴史の価値に気付いて、落ち着いた佇まいのあるまちづくりを行い、非常に全国から視察が多い所です。
平成5年、長野道のインターチェンジ、本当は松代という名前を入れたかったのですが、長野インターが松代町に出来たのです。長野インターが出来ても、皆長野市の中心部に行ってしまうのです。観光客、300万人プロジェクトを掲げ、自分達の町に来て貰おうと取り組んでいます。この町は商工会議所が、合併しても残っていたわけです。そこで、松代の町並み景観賞というのを作って、50軒受賞しています。町並み整備をしていったわけです。
小学校のフェンスを住民自治から白壁の塀にしました。子供達が歩いている姿が美しい。普通の住宅地も非常に美しい。行政と住民と協働で歴史の道づくりを、平成9年にはじめました。
人が来る様になったのは、長野市役所から真田宝物館の学芸員になった職員が、と地域の文化財を広めていくには、住民の力を借りていかないと出来ないと、百人のボランティアの会を作った。実際行ってみると、ボランティアの人達が接待している。ボランティアの人が一緒に遊んでくれるという、楽しい所も生まれてきたのです。
同じ頃、“ほいさっさ松代”という地域の産物開発を行う女性の組織が生まれました。“お猿のかごやだほいさっさ”、という歌はこの町の人が、作詞作曲したのです。さらに、 “わいしょって”いう空き店舗を利用した福祉の住民組織も誕生しました。住民の活動が非常に盛んになりました。
平成12年、中心市街地を活性化するために、信州松代まるごと博物館構想を作成して、城下町らしい町並み整備、観光商業の推進、商店街のおもてなしの心から、道路環境の整備をしようということで、長野市と組み始めるわけです。
平成13年、お庭拝見を住民でやったら、電話が鳴り続いたのです。普通の家の庭を見ませんかと新聞に掲載されたら、電話が鳴りっぱなしで、500人位が希望し、断ってもだめだったから、20人ずつのチームにして、300人位は来たそうです。自分達の庭を案内することから動きだしたわけです。
自分達ももっと勉強会もしなければいけないと、セミナーとかシンポジウムをしました。松井須磨子ってご存じだと思いますが、日本で最初の女優です。この町で生まれたのです。この人は、坪内逍遙の後追い自殺したということで、評判も悪かったのですが、地元の人の歴史を掘り下げようと。
武家屋敷の庭に水を引いてきて、畑や池があります。お宝発見、お庭拝見という動きが、毎月の様に開かれました。地元のボランティアが案内します。
次は町家、町並み巡りをしようということで、地域資源をどんどんどんどん発見して、行ってみると町全体が落ち着いた佇まいです。ここで、重要なのは、賑やかさが人を呼ぶのではなくて、落ち着いた佇まいが人を呼ぶという。落ち着いた佇まいを作っていこうとやっていることです。
主婦の方とかそういう人に全部聞いた。周辺の山を知るために。道なき道を全部走破して、山里の魅力発見もしています。町ばっかりじゃなくてやっている。地域の未知化ということをしています。
それから、面白いのが、お寺がやはり多いので、お寺さん巡り。地元の高校の美術部の高校生がハンコのデザインをしています。さっきもそうですが、子供を真ん中にするとお年寄りが動いてくれる。子供のころから、地域づくりに参加しないと、急にやれといっても育たない。『ゆったり古寺巡礼』という600円位の本を作って、高校生が作ったハンコを押す。
『夢空間巡り』という1000円の本ですが、これは1ヶ月位に3000冊出ました。こうした印刷物をNPOが全部作っています。城下町を巡る写真も全部自分達で作る。町でつくるパンフレットには、住民が写真を貸し出しています。行政でもできないようなレベルのものも、財団から金を得て、自分達の町を足で探った、町歩きのコースを綺麗なデザインでレイアウトしています。
歴史ある町並を残そうと、国の登録文化財の推進、去年は一度に、13件30建造物が登録認証されたので、文化庁がびっくりした。調査報告書もきっちりしています。NPOはその報告書を持っていって、自治会長などの有力者をくどいているのです。
観光ポイントが決まっている、それを全体化すると、商店街にも回遊制が生まれると作ったのです。松代町の観光戦略は、「遊学城下町信州・松代」です。江戸に遊学に行くと言ったように、遊ぶのも学ぶのも一緒。遊んで学ぶ大人の学校がテーマです。「エコール・ド・まつしろ」、いわゆる松代学です。趣味の倶楽部を作った。62あります。これは、生け花、琴、俳句、もともとやっている趣味の発表の会などを一緒にやりましょうと。一昨年は80万人位来た。真田屋敷、文武学校などを使って、生け花専科、茶道専科、自分達で出来ることをやって、人をお迎えする。住民は、お金もかからないし、自分達もレベルアップをはかってと、住民自治はこんなことから始まっています。
お雛様も、町中にお雛様の町だよと、普通の家でも行っている。去年から、松代だけでなく隣の須坂市、小布施町、中野市でもやろうとなった。企画しているのは全部住民自治のグループのネットワークで、タクシーとか電車の利便性の確保など、口説いてパンフレットを作った。こういうようなことが、ほっといても、自発的に動いていくのです。行政はどうするか。長野市は、この松代町の動きを見て、地域内の分権を図っていけば、善光寺以外にも新しい魅力が生まれる。住民自治を進めています。
エコール・ド・まつしろは先程言いました様に、「遊んで学ぶ大人の学校」という、遊学城下町で、ブランド化を図っています。観光客は80万人も来ました。
松代町、2004年に、「エコール・ド・まつしろ2004」を開催した時は、支所に観光担当があったのですが、それを1年で引き揚げてしまいました。行政と住民自治との力関係もあるわけです。仲良くやりながら、でも行政が入ってくると肩書きで進めることも起こるので、住民の創造力や自発性が消えていってしまう。だから自分達は行政を頼りにしない、補助金を頼りにしない、自分達の自発性で進めているのです。自分達の責任ある組織を作ろう、皆が集まれる場所を作ろう、補助金に頼らないでいこう、行政と対等に行ける経済力を付けようと、NPOの九箇条があります。
ピラミット構造の行政とボランティアネットワークの住民自治組織とのぶつかり合いの中で、既存の組織の中で住民が萎縮してしまったから、それを解散して、ボランティアネットワーク型の住民組織にしている、肩書き重視じゃなくしている。
 アドバイスとして、行政に頼る考え方を捨てる、身銭を切って取り組む、肩書きを捨てて、拠点、組織を作っていく。補助金頼みから脱し、活動資金は自ら出す、それから地域の歴史や文化なんかも、勉強する機会を作る。地域経営を自ら行い、行政とパートナーシップをとる。専門家の力を借りて地域の学習を行う。行政の人よりも、住民の方が、地域のことをよく知っている。よそ者は排除しないで、積極的に受け入れる。地域に足りないのは、情報と刺激だということで、個々ばらばらの住民の力を地域の総体にして、責任ある組織を創設して、刺激の場を作っている。
私が言いたいのは、「小数点以下のまちづくり」です。これまでの行政は正数のまちづくりで、温泉施設が欲しい、施設が欲しい。正数はどんどん増えていってしまう。1と2の間には小数点以下の世界が無限大にある。住民が発想する、新たに作るのではなくて、今あるものを最大限に生かしていく。それは小数点以下の発想、コンセプトは一つでも、アイディアは無数に出していくことが必要だということ。住民が発想する余地を残していかないと、自治体行政の施策は、1から2、次は3だ。2と3の間にも、いろんな発想があります。松代町からも学べると思います。お金がないという枠があってこそ、自由な工夫が、生まれてくることもあります。
既知のものを未知化する。未知化から個性ある地域づくりが生まれます。国の委員会も言っているのですが、それを真似するのではなくて、知的財産として、むしろ守っていくべきじゃないか。だから三重県の新たな地域づくりを知的財産として、認めて、それを守っていくべきだと思います。
そして、異質性を恐れない。先程の神田さんのように、異質のものが入ってくる。違った価値観の人同士がぶつかり合っていく。そうした社交性がない村社会は、一つの価値観しかないですね。それでは刺激がない、若い人は出ていってしまう。だからネットワークから、情報を得て、意識改革が地域経済を変化させる。
地域の中で情報を共有する。夢も課題も共有。先程の松代町の本、神田さんのもそうですが、コミニュケーションデザインが大切です。私は地域のお手伝いをしていますが、地域の情報をどのようにデザインするかは重要です。情報は、住民を勇気づけたり、力づけたりするからです。「地物一番」のデザインはいいと思います。シンボルマークは契約ですから、ルールは守って欲しい、しないと品質は保てない。品質が良く、しかも情報の品質が良くないと、消費者は感動しない。コミニュケーションデザインというのは、地域の魅力をデザインしながら、品質をよくする。その品質が住民自治の熟成と情報の質を良くして、地域の生命力に腹筋力がつきます。
ローカルデザイン力ということを私は言っているのですが、暮らしを豊かにする人々の知恵、自然観、創意工夫や葛藤、ユーモア。ユーモアというのは、“ほいさっさ松代”もすぐに覚えてしまうし、すぐ伝わっていく。そうしたプロダクトの中に表れてくる力強い地域の個性が凝縮されたものがローカルデザイン力と考えています。文化というのは、地域で生まれて、広域の中で、世界の中で認められるものが、文化となる。地域個性が地域再生のヒントです。地域の個性を生かし、凝縮していくことで、賞味期限を長くすることもできるわけです。
国土計画の制度改革のポイントというのを見ていただきますと、いろんな資料があります。例えば集落消滅危機感を持つ自治体とか、人口減少化の都市圏。市町村合併によって、市町村の人口規模の変化というものが、今までは1万人以下が多かったのが、今後は10万人になります。増加する一人暮らしの高齢者というのも、出ております。その中で非常に注目すべきなのは、65歳以上の男性が、2025年、今から20年位たつと、今の3倍位が独居老人になる。75歳以上だと、4倍になります。女性は、実数は多いですが、2倍とか2.8倍位です。
それから、空き家をどうするか。平成の検地ということで、空き家調査を、地域の中できちんとやる必要がある。それから4つの人口で見ていただきますとわかりますが、労働人口が、減っていく時にそれを、ロボットか、移民かと言う話も出ています。それから、多業 近居、二地域居住。二地域で二つの仕事をやったり、それから、近居というのは、親子の家族が同じ敷地内でも、別生活の近居になってきたりする。
それから、就労についても、多様化する。それから、老後は誰とどのように暮らすか。それから、日本は東南アジアの中で翌日配達できるような宅急便をアジア中でもっと進めていく。アジアの中で宅急便が行き交いする中で、農産物などを作っていくような視点も必要でしょう。日本からアジアに、その日に行って日帰りが出来る航路をもっと考える。ソウルとかこれから中国もそうですが、日帰りで仕事に行けるように考えています。日本もアジアの中で、ヨーロッパと同じようになっていくと思います。日本の中で移動する様に、アジアの中で移動できる世界を考えて、暮らしや経済も考えていかなければいけないと論じたりしているわけです。去年の10月位から始まっての途中経過ということで、ホームページに公開されています。ホームページを見て貰うと、議論した内容も全部オープンにしています。国土計画がどう動いていくか、客観的に見ていく中で、三重県が今後どうしていくかというものを考えていただけたらと思います。

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