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埋蔵文化財センターが管理する三重県指定有形文化財


三重県埋蔵文化財センターが管理する三重県指定有形文化財を、遺跡や遺構とともに紹介します。
指定件数:7件(平成29年4月現在)

馬形埴輪(石薬師東古墳群63号墳出土)

 遺跡の所在地:鈴鹿市石薬師町
 員数:1
 三重県指定有形文化財:考第21号(平成15年3月17日指定)
   報告書:三重県埋蔵文化財センター『石薬師東古墳群・石薬師東遺跡発掘調査報告』(2000年)

 平成5年度から8年度にかけて、三重県消防学校の設備整備に伴って実施した発掘調査で出土した埴輪です。63号墳は直径約15.0mの円墳で、周溝から埴輪がみつかりました。馬形埴輪の全長は、復元された尾部まで含めて約108cm、総高は81cmあり、馬の形として現在全体像がわかるもののなかでは三重県最大です。
 特徴は、頭を覆う被り物、もしくは垂らしたたてがみといわれる部分で、全国的にみても類例がないことからきわめて独特の装飾といえます。そのほか、憂いをたたえた馬の表情や、豪華な馬具など、当時のようすを忠実に模した写実性の高い資料です。
石薬師東古墳群(西から) 石薬師東古墳群63号墳(北から)
馬形埴輪 馬形埴輪

土偶(粥見井尻遺跡出土)

 遺跡の所在地:松阪市飯南町粥見
 員数:2
 三重県指定有形文化財:考第24号(平成16年3月17日指定)
 報告書:三重県埋蔵文化財センター『粥見井尻遺跡発掘調査報告』(1997年)

 平成8年度に行われた発掘調査で、縄文時代草創期の遺構・遺物が発見されました。遺跡は、平成12年度に県指定史跡に指定されました。指定された土偶2点のうち1点は、女性の上半身を表したもので、ほぼ完形です。大きさは縦6.8cm、幅4.2cm、厚さ2.6cmで、出土時には頭部と体部が分離していました。頭部と乳房は別の粘土を貼り付けたのち、接合部をなでつけていますが、腕は体上部左右端から粘土を引き出して表現されています。
 土偶は北海道から鹿児島まで1万点あまりが知られていますが、粥見井尻遺跡の土偶は日本最古級のものとされています。土偶の出現は、精神文化の本格的な発展を物語るものであるため、粥見井尻遺跡の土偶が縄文時代草創期にまでさかのぼって確認された意義は、わが国の歴史を考える上できわめて大きいといえます。
粥見井尻遺跡と櫛田川(北から) 竪穴住居SH8・SH24(東から)
土偶 土偶

雲出島貫遺跡中世墓出土品

 遺跡の所在地:津市雲出島貫町
 員数:36
 三重県指定有形文化財:考第26号(平成17年3月17日指定)
 報告書:三重県埋蔵文化財センター『嶋抜Ⅱ』(2000年)

 平成10年度の発掘調査で発見された、12世紀末から13世紀初頭の木棺墓です。お墓には、腰刀・漆塗小箱・方形鏡・貿易陶磁器が納められており、木棺の留め金具類として鉄製座金具・合釘・角釘が出土しました。漆塗小箱は、苧麻(ちょま)布を漆で貼り合わせた乾漆箱です。小箱のなかに収まっていた方形鏡は、鏡背面の文様から「菊花双雀鏡(きっかそうじゃくきょう)」と呼ばれる、中国の宋式の和鏡でした。
 中世墓には、日常雑器の土師器類がお供えされる例が一般的ですが、雲出島貫遺跡の中世墓からは、当時高価であった貿易陶磁器が数多くみつかり、刀や鏡、釘など、豪華な副葬品がまとまって出土しました。一点一点の希少性が高く、また遺存状況が良好なことから、この地域における有力者の埋葬状況を解明する上で、重要な考古資料といえます。
雲出島貫遺跡と雲出川(西から) 木棺墓SX329(北から)
副葬品出土状況(東から) 中世墓出土品

初期須恵器・韓式系須恵器(六大A遺跡出土)

 遺跡の所在地:津市大里窪田町
 員数:107
 三重県指定有形文化財:考第27号(平成18年3月17日指定)
 報告書:三重県埋蔵文化財センター
     『一般国道23号中勢道路(8工区)建設事業に伴う六大A遺跡発掘調査報告』(2002年)

 平成6・7年度に行った発掘調査で出土した土器群です。発掘調査では、最大幅30m・深さ3mの大溝と、志登茂川に続く低湿部と推定される旧河道から、湧水祭祀を行っていたと考えられる井泉がみつかり、弥生時代後期から中世までの遺物が多量に出土しました。
 韓式系土器とは、おもに朝鮮半島系の渡来集団が使っていた土器のことで、土器の表面に、土器をつくる際に工具で叩き締めた格子目状のあとが残ることが特徴です。韓式系土器は、5世紀にヤマト王権があった大阪湾周辺から出土することが多く、それ以外の地域からみつかることは珍しいことといえます。六大A遺跡から、甕や鍋、鉢など、渡来人の日常雑器と考えられる様々な器種が揃って大量に出土したことは、当地に渡来系集団が住んでいたことを示しています。これらの土器群は、古墳時代におけるこの地域の国際的な歴史状況を物語る、貴重な資料です。
六大A遺跡と志登茂川・伊勢湾(西から) 大溝SD1井泉(北西から)
初期須恵器 韓式系須恵器

磨製石斧製作関係資料一括(宮山遺跡出土)

 遺跡の所在地:いなべ市大安町
 員数:121
 三重県指定有形文化財:考第28号(平成19年3月27日指定)
 報告書:三重県埋蔵文化財センター『宮山遺跡発掘調査報告』(1999年)

 平成7年度の発掘調査の結果、弥生時代中期中葉を中心とする住居群が発見されました。住居の周辺からは、磨製石斧の未成品と、石斧をつくるために使ったと考えられる敲打具・研磨具や砥石、石斧の製作工程で剥離した石屑などが多量に出土し、磨製石斧を集中して製作していた遺跡であることがわかりました。
 宮山遺跡でみつかった磨製石斧には、完成品がほとんどないことから、完成品は他所に集めたあと別の集落に流通したと考えられます。石斧の石材は、ハイアロクラスタイトと呼ばれる塩基性凝灰岩のホルンフェルスの一種で、宮山遺跡に隣接する青川の上流にあたる鈴鹿山系の一部で産出されるものです。この石材で製作された石斧は、津市納所遺跡、四日市市菟上遺跡、明和町金剛坂遺跡や愛知県朝日遺跡など、伊勢湾沿岸部の代表的な弥生時代の遺跡で確認されています。当時の生活用具の製作工程や、その流通を解明するために重要な考古資料です。


磨製石斧製作関係資料一括
 


宮山遺跡と青川・員弁川(南から)

竪穴住居SH2(南東から)

陶質土器(木造赤坂遺跡出土)

 遺跡の所在地:津市木造町
 員数:1
 三重県指定有形文化財:考第29号(平成21年3月11日指定)
 報告書:三重県埋蔵文化財センター
     『一般国道23号中勢道路(13工区)建設に伴う木造赤坂遺跡・池新田遺跡・井手ノ上遺跡発掘調  
     査報告』(2012年)

 平成18年度に行われた中勢道路建設に伴う発掘調査によって出土した陶質土器です。陶質土器とは、日本の古墳時代頃に朝鮮半島でつくられた硬質の土器のことです。
 4世紀から5世紀前半の間につくられたと考えられ、コップのような形をしています。高さは17.2cmで、下部が膨らんでいます。また、口のところは細い紐状の盛り上がりが2条貼り付けられており、それを覆うように横方向の両耳がつきます。このような両耳付のコップ形土器は、韓国でも伽耶地域(朝鮮半島の中南部、洛東江流域を中心とした地域)の非常に限られた地域(慶尚南道陜川郡双冊面城山里玉田)でしか確認されておらず、日本国内には類例はありません。確実な出土品による、朝鮮半島との具体的な交流を示す資料です。
木造赤坂遺跡と雲出川(北から) 空からみた発掘調査区(東から)
SK654陶質土器出土状況(東から) 陶質土器

東条1号墳出土品

 遺跡の所在地:伊賀市東条
 員数:551点
 三重県指定有形文化財:考第31号(平成29年2月2日指定)
 報告書:三重県埋蔵文化財センター『東条1号墳・屋敷の下遺跡発掘調査報告』(2016年)

 平成24年度の緊急発掘調査で出土しました。東条1号墳は6世紀前半につくられた直径約10mの小さな古墳ですが、そこから2つの埋葬施設がみつかり、豊富な副葬品が供えられていました。副葬品には、銅鏡・首飾り(勾玉・管玉・ガラス玉等)、腕飾り(銅釧・勾玉・丸玉等)、大刀、鉄鏃および土器類があります。首飾りと腕飾りは、葬られた人が身につけていた状態でみつかりました。
 東条1号墳は、直径10m程度の小規模古墳であるにもかかわらず、きわめて豊富な副葬品を有していました。また、畿内の葬送儀礼との共通性も認められ、畿内に接している伊賀地域の重要性と特徴をよく表しています。
東条1号墳と柘植川(西から) 埋葬施設1・埋葬施設2(北から)
東条1号墳出土品 銅鏡・首飾り(埋葬施設1出土)

本ページに関する問い合わせ先

三重県 埋蔵文化財センター 〒515-0325 
多気郡明和町竹川503
電話番号:0596-52-1732 
ファクス番号:0596-52-7035 
メールアドレス:maibun@pref.mie.jp

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