発掘調査によって、弥生時代終末期ごろの十数棟の竪穴建物からなる集落が確認されました。また、集落を囲むように細い溝が検出され、周りに木製の塀をめぐらせていた可能性が指摘されています。
伊勢地域では、勢武谷遺跡のように比較的高い丘陵の頂部や斜面に営まれた弥生時代終末期ごろの集落が複数確認されています。中には周囲に堀状の大溝を設けたものもみられ、緊迫した当時の社会情勢下で、他集団との抗争に備えて営まれたという説もあります。
ただし、勢武谷遺跡の塀は防御施設というよりは区画施設に近いとされ、抗争に備えた様子はうかがえないようです。この時期の高所に立地する集落は、交通や環境変化など、さまざまな要因から評価する必要がありそうです。
発掘調査地からの眺望
おもな時代:弥生時代終末期
遺跡の所在地:亀山市木下町
発掘調査発掘調査報告書のリンク:『勢武谷遺跡 第1次発掘調査報告書』(2007年)