日本画部門審査評
多彩な自然に囲まれた三重県の現代日本画は、四季と日々の移り変わりに親密な眼を注ぎ、練度の高い作品を、このたび多く出品した。とくに墨彩を用いて水辺や樹木を描いた作品群は、墨の諧調の豊かさを巧みに用いて清新であった。前年の県展に比べて、花鳥や人物に秀作は少なかったが、対象と正対した真摯な制作姿勢が窺われ、制作意図が明確に読み取れた。最優秀賞の《厳冬の伊吹》は、画面下方より田圃、人家、樹林、岩山を積み上げた気宇壮大な構図により、神々しい山容を現出した。冷ややかな空気が山上から人里へ静かに下りてくる様相を、画面を包む柔らかな墨調 で表し、神妙な趣を与えた。緻密な描写と大胆な構成が相俟って斬新。
岡田文化財団賞の《翳りゆく》は、廃屋と化しつつある木造建築の背戸、その何気ない夕暮れの佇まいを、しみじみとした心情を込めて捉えている。作者が閲した人生の営みの襞がこの情景の陰影のうちに潜んでいるかのよう。
三重県議会議長賞の≪枯蓮の季≫は、伝統的な画題「敗荷図」を骨太の造形と重厚なマチエールで捉えた力作。
三重県教育委員会教育賞の≪湖沼≫は、夕暮れの残紅に包まれた湖を、紙質に表情のある紙を用い、黄土と墨の心地よい融合により繊細玄妙に捉えた技巧作。すばらしきみえ賞の≪夜明け≫は、高所から薄明の山麓の街並みを俯瞰して、その上方の沸き立つ朝靄を桜が爛漫と咲き誇るかのように描いた会心の作。for your Dream賞の≪朝やけ≫は、水郷を題材に、朝茜が水面に映えるさまを牧歌的に捉えた清涼の作。三重県市長会長賞の≪彩り≫は、静かな池面に、睡蓮の葉が移りゆく季節を彩るさまを丹念に描いた秀作。三重県町村会長賞の≪薄明の時代≫は、百合の花が叢の中で朝光を受け、瑞々しい姿を見せる丁寧な描法の作。自然の恵み賞の≪陽光-三重県立森林公園にて-≫は、池面と周囲の樹木を輝く色彩で周密に捉え、水面をわたる風が生み出す漣と光の帯が交差する生新な作。
出品された方々の自己への問いかけがさらに花開くことを期待したい。
日本画部門審査主任 上薗 四郎
洋画部門審査評
「洋画」部門は昨年と比して微減して191点の出品。それは会場での最大展示可能点数79点と比して41%ほどの入選率で、他部門と比較して最も低い厳選とならざるを得ない状態でスタートした。先ずは一通り見てからの選考で、1票と2票で50点に達し、1人が推した1票作72点から入選作を決定した。その後、賞候補に移ったが、この時、1人1作品に対して3票まで投じることを可能とした。選考者としても薄い評価から一押しの作品までのグラデーションがあるのだが、単純集計だけで決定するとそれが見えなくなり安定したものになる可能性があるためだ。果たして2票、3票が投じられ、最終的には10作が賞候補となったが、ここから1点ずつの審査員全員での検討に入った。ここからが各審査員の見方が問われる醍醐味である。先ずは1作品を除き9点の賞候補を決めたものの大きく審査員間で意見が割れた。さて優秀賞(県議会議長賞)《蒼い女性》、岡田文化財団賞《アトリエ イルージョン》は実は小林正人審査員が一人強く推した作品として先ずは立ち現れた。前者は椅子無しでの浮遊するダンスのような不安定な美を示していた。壁と身体にさらには額縁にも傷が付けられていて、そのことにむしろ演出的なあざとさも感じたものの、その価値は減じなかった。また、後者は視点を変化させ巧みに構成しながら、アトリエの夢想という画家特有の主題を衒いなく正面から描いている。最終的には他の審査員も両作の決して技巧的では無いものの、他には見られぬ直球での自己本位の追及の強さに納得しての受賞となった。まさに作品と感応した審査の目線を尊重した結果である。
最優秀賞となった《人々》はデュビュッフェの作品からの影響を感じる太い輪郭線と縞の入るかたちが何層にもわたって増殖して重なる作品で、そのレイヤー的なかたちの運動感は独自のものであり秀逸なものであった。
また優秀賞(教育委員会教育長賞)《失敗作の》は、美大生臭を感じるとの意見もあったものの、様々なドローイング的細部が積層した上部と下部の実体感も孕んだ安定した対比が巧みな作品で絵画的な悦びに満ちていた。
三重県市長会長賞《平和・化粧する女》は色感巧みに生々しい生活感が表現されているのだが、タイトルから推測するにウクライナカラーであることに我々は気付いた。
三重県町村会長賞《ハジメマシテ!》は掌の中の水の溜まりと小さな生命をまさしく輝くように正方形フレームに描き抽出した。
すばらしきみえ賞《津の街 美杉町 下之川 2022》は、かつて林業で栄えた豊かな自然の中の歴史ある街並みと空気を、目くるめくようなモノトーンのうごめきで満たした。
さらにfor your Dream賞《ゲシュタルト崩壊》はカラヴァッジョの〈ナルキッソス〉をベースにしたものと見え、まさに水面の自己像を見詰め知覚バランスが崩れていく不穏な光景をブルーの美しさで印象深く表現していた。
最後に自然の恵み賞《カジキ、ヒット、ジャンプ‼》は明快な主題を波、雲、そしてマグロの形態が曲線形に連鎖して、会場でひと際明るく、軽快なリズム感を放っていた。
心情豊かに打ち震えている、まさに様々なる絵画が最終的に残った。
最終的に出品者の年齢を聞くと、≪失敗作の≫と≪ゲシュタルト崩壊≫が17歳、それに対して《カジキ、ヒット、ジャンプ!!》は79歳、《蒼い女性》、《アトリエ イルージョン》は共に69歳であったという。圧倒的!
洋画部門審査主任 天野 一夫
彫刻部門審査評
今回はじめて県展の審査に加わらせていただいた。昨年に比べると応募点数が増加し、25点であるという。会場を一巡すると、まず多種多様な素材とスタイル、そして大きさもさまざまなものが含まれていることに一驚した。審査は審査員3名が8枚の付箋を手にし、各自8点を選ぶことから始まった。その結果、3票入ったものは2点、2票は4点、1票は10点となった。これら16点は、応募作品の多様性をそのまますくい取ったような内容となっていたので、事務局との協議により、16点すべてを入選とすることとした。
入選作のなかには、タイトルに込められたコンセプトがかたちとして表現し切れていない作品もあった。タイトルはたんなる“題名”以上のものであり、何をどこまで表現するのかは、表現者にとっての最大の問題のひとつであるだろう。
各賞は審査員の協議によって決定した。最優秀賞の《均》は、荒々しさの目立つ木材によるスケールの大きな構造体である。ここに緑色の天秤が固定(!)されている。すでに出来上がってしまった無骨な世界のなかで、バランスを強要されている私たち自身の姿を見るようなアクチュアリティーが感じられた。
岡田文化財団賞の《ボクノユメ—空を泳ぎたい—》の素材は、紙と針金である。頭の中に湧き上がるイメージがそのまま手と結びつき、簡便な素材を通じてたちまち形と成ったようなストレートさが目を引いた。彫刻の伝統的な素材とは異なった、扱いやすく脆い(フラジャイル)素材は、今後注目されていくのかもしれない。
その他の受賞作品も、高い技術に裏打ちされた緻密な表現や、ヴィジョンの初々しさを感じさせるものがあった。総じて活気に満ちた内容であったと思う。
彫刻部門審査主任 斎藤 郁夫
工芸部門審査評
工芸部門は前回よりも応募総数は減少したものの、全体に技術や表現内容は一定水準以上の物が多く、平均点は高いように見受けられた。特に、昨今様々な公募展で高齢化が目立つ中、みえ県展は20代の作り手の意欲が顕著であり、三重県の工芸の未来が感じられる。また伊勢型紙の歴史があるこの地域ならではの細かな彫り模様による紙作品が多数見られたことも、この展覧会の特徴であろう。
最高賞の《月日は廻る》は水面に浮かぶ船を題材にした4点組の染作品で、異なる型紙の模様を水面の表現に生かし、4色の組み合わせをより一層引き立てている。
優秀賞の陶芸作品《内なる動体 直情/随意/露》は、土の力をダイレクトに感じさせつつ、色味の美しさも巧みに取り入れた迫力が目を引いた。もう一点の優秀賞《黒岩花器(宇宙)》は石を大胆に刳り抜き、磨きや石の荒い肌で変化をつけた優品である。前回は彫刻に出品したようだが、石という素材を充分理解した上での表現という意味で工芸にふさわしい。
さらに、三重県市長会長賞の生地の雰囲気を生かした描写力の高い染め《エビカズラ》、三重県村長会長賞の繊細にして遊びのある七宝のアクセサリー《パラダイス》、岡田文化財団賞の確かな編みの技術で籐の動的なフォルムを築いた《花一輪(花台)》など、様々な素材領域からバラエティに富んだ作品が受賞した。また、すばらしきみえ賞、For Your Dream賞、自然の恵み賞という、みえ県展ならではの3賞もそれぞれ意欲的で作風の異なる陶芸作品が受賞し、この展覧会の幅を伝えている。
なお、今回惜しくも選外となった作品には、作品の質そのものは悪くないものの、展覧会という“表現力を問う場”にふさわしいか否かの点で課題があったと思われる。例えば一回り大きく作ってみる、独自性をより明確にするなどの工夫を次回作に期待したい。工芸の世界は、他ジャンルに比べても継続が物を言う。今回の成功も失敗も必ずや次の作品の糧となる筈である。
工芸部門審査主任 外舘 和子
写真部門審査評
昨年に続いて、みえ県展写真部門の審査を担当させていただきました。やはりコロナ禍の影響は否定できないようです。出品点数が減ったということもありますが、それ以上に作品から発するエネルギーが落ちていることが気になりました。写真クラブの活動ができなかったり、行事が中止になって撮影できないということもあったのではないでしょうか。逆にこんな時期だからこそ、なぜ、どのように写真を撮るのかを、じっくり考え、実行していくべきではないかと思います。上位入賞作は、まさにそんな作品ぞろいでした。
最優秀賞の今井陽子さんの「静かな日々」はモノクローム3点組の作品です。縦位置の作品をそろえ、中央に物静かな雰囲気の老夫人のポートレートを置いて、ゆるやかな時の移ろいを巧みに表現しています。ハイキーのプリントの調子もよく整えられていました。
優秀賞(県議会議長賞)を受賞した平野武さんの作品「福を呼ぶ」は、目に鮮やかなカラー・スナップ写真です。豆をまく二人の女性の勢いのある表情を見事に切りとっています。
優秀賞(教育委員会教育長賞)の伊藤憲治さんの「寂しい学級閉鎖」は、現代的なテーマをモノクロームの〈ブレ・ボケ〉写真で表現しました。4枚の写真の選択・構成にも強い意欲を感じました。
岡田文化財団賞の岩田沙祐里さんの作品「婆ちゃんちは暖かい」は、体温を感じさせるカラーの室内スナップ写真です。日常に向けられた視線のあり方に可能性を感じます。岩田さんのような若い世代の応募が、もう少し増えるとよいと思います。
次回は通常の形で開催できるといいのですが、昨今の時代状況は予断を許しません。それでも、三重の地から新たな写真の息吹が芽生えてくることを、心より期待しております。
写真部門審査主任 飯沢 耕太郎
書部門審査評
コロナ禍の終息を願いながらの日々に、社会生活が困難な中で作品制作に情熱を傾けて出品された出品者皆様の努力と熱意、みえ県展を愛する心の豊かさに敬意を表します。応募作品は149点、入選作品は99点となりました。審査は富田淳先生、鬼頭翔雲先生と小生で担当をさせて頂きました。審査にあたっては当然のことですが、公正、公平、透明性のある審査を重ね、審査員全員の合議により決定いたしました。最優秀作品(三重県知事賞)をはじめ9点の受賞作品は、表現力豊かな作品や命の躍動が伝わる作品など本展を代表するに相応しい作品です。僅差で賞に入らなかった作品もありました。出品作品は総体的に内容が豊かで変化に富んでいます。鑑賞者の目を楽しませてくれるに違いありません。出品作品には努力の累積が感じられ、古典に立脚した基礎の確かな作品や、現代の気を吹き込んだ現代性豊かな作品など、みえ県展の将来が期待される作品が、いくつも目に留まりました。
書部門審査主任 新井 光風