日本画部門審査評
本年の日本画部門には昨年より 7 点多い 63 点の出品があった。はじめに全体を通覧し、審査員 3 名で挙手を行なった。2 票以上をまず入選とし、のち 1 票だった作品から再度挙手、および協議により残りの入選を決め、33 点の入選作が確定した。 賞については、はじめの 2 票以上の作 品 22 点を全て並べ、審査員がそれぞれ 9 点を選び複数票を獲得したものを賞の候補とした。そこからは審査員の協議により各賞を決めていった。 最優秀賞の《古都の水路閣》は、京都の南禅寺境内にある近代の文化遺産である水路閣を画面いっぱいに大きくとらえている。風化した煉瓦の質感が絶妙で作者の高い技量がうかがえる。そこに差し込む日光が加わり、強く目を引く作品となっている。 優秀賞となった《橋梁》は、最後まで最優秀賞と争った作品である。こちらは日本画の顔料の特性をうまく引き出し、コンクリートの複雑微妙な色彩が高く評価された。 もう一つの優秀賞《南米回想》は 2 匹のカピバラを描く。その毛のゴワゴワした質感をとても丁 寧に描き出している。ちょっと間の抜けたような表情も面白い。三重県市長会長賞《白骨樹林》 は、白骨化した樹林の奇観を淡いトーンの中で巧みに捉えている。一見煩雑な画面だがじっくり 見ていくと林の奥深さに引き込まれる。三重県町村会長賞《風薫る》は、実った麦の穂をアップ で描く。麦の実る爽やかな季節の空気感が伝わってくる。岡田文化財団賞《青い鳥》は、最初に見た時はやや薄くて物足りないと思ったが、じっくり見れば白い絵具で葉の一枚一枚を繊細に描き分けており、非常に気持ちの良い作品だと感じた。写真では伝わりにくいと思うので会場でよく見てほしい。すばらしきみえ賞《鈴鹿川》は郷土ののどかな風景を素直に描いている。技巧 とは逆の素朴な絵のように見えるが、時間をかけて見ていくほどに、色も形も隙がなく、実によく練られた作品であると感じた。出品作品の大半が風景や動植物だった中で for your Dream 賞 《君への花束》は、ひときわ異彩を放っていた。このような画題は写生に基づくものに比べると軽く見えてしまう傾向があるが、本作品は鶏の姿の面白さと水墨をうまく活かした彩色で、見応えのある作品となった。自然の恵み賞《爽》はロープウェイを画面の真ん中に据えた構図が面白い。空の青、常緑樹の緑、紅葉の赤と黄色という明瞭な色彩の対比が印象に残る。 受賞作を並 べてみると色彩や描法はバラエティ豊かで、非常にレベルが高い作品が揃ったといって良いと 思う。その一方で、画題の偏りはやや気になった。今回は人物画が受賞作にはなく、入選作の中 にも少なかった。日本画の豊かさをさらに伝えられるような作品にも挑戦してほしい。また、近年水墨画をベースにした作品の出品が増えており、優れた作品も多い。しかし、モノトーンの概念的な風景に過ぎないものが多いように思う。水墨ならではの必然性を突き詰めた作品を期待したい。日本画部門審査主任 田島 達也
洋画部門審査評
洋画部門の応募数は 156 点で昨年より微増といったところでしたが、入選者数は約 50%の 79 点で、彫刻部門を除いた部門では最も厳しい入選率となりました。それだけに少しでも 入選させたいと思う審査員たちにとっては、厳しい判断が迫られ、仕方なく事務局から示さ れた数字に則って審査することになりました。結果からいえば全体的に魅力のある作品が 増えたように感じられました。 最優秀賞の《三日月を待ちながら》は、描かないではいられない作者の熱が見る者に伝わってくるような勢いのある作品で、受賞を審査員全員が一致しました。暴れるような筆触に対して調和的な色彩が抑えを利かせています。記念写真的な題材を描いて優秀賞となった 《宮参り》は、いわゆる上手な絵とは言い難いですが、丹念に重ねられた筆触の独特さと鶴なども描き込まれるなど、どこかおとぎ話のような素朴な雰囲気をまとった個性が光る作品として評価されました。もう一つの優秀賞《A study of the relationship between Subjectivity, time and memory XXXII》は空間表現をうまくまとめた作品です。一見すると抽象画のようですが、よく見ると樹木の形態が立ち現れて風景を土台としていることが解ります。そこに幾何学的な形を描き込むことで全く別の世界を出現させて絵画世界を広げていると言えるでしょう。岡田文化財団賞の《四日市コンビナート》は、三重県の代表的な風景のひとつともいえる工場地帯を画面構成の題材として取り込んだ作品です。しかし単なる再現描写に終始することなく、極めて鮮やかな色彩のコントラストと大胆な構図に よって、見る者に強いインパクトを与える作品としてまとめる力を感じさせる作品となっています。市長会長賞の《カレー屋の店主》は何とも言えない惹きつけるものがあると審査員が皆推薦した作品です。それは描かれた人物の体形であったり表情であったりがその魅力の元ではありますが、何を描いているのかわからない不思議な形と色の背景と相俟って、 作者の個性となっているからでしょう。町村会長賞の《たびたち》はタンポポの咲く地面を真上から捉えた作品です。緑色の色調の変化や違いによって平板にならない奥行きと黄色い花や白い綿毛の配置もよく計算されています。緑色だけで構成するのは実はとても難しいと一審査員は特に強調されていたことを付け加えておきます。すばらしきみえ賞の《私》 は今まさにマスクを外そうとする自分自身を大きくクローズアップして描いた作品です。 受賞者の中では最年少の高校生ですが、コロナ時代に思春期を過ごしている若者が自分自身を見つめながら前に踏み出していこうとするような意思まで感じさせる自画像となっています。こうした若者がまさに「すばらしきみえ」を支えていってほしいと思います。for your Dream 賞の《燕花響命》も一見すると抽象画のようですが、よく見るとツバメや花が 題材となって画面を構成していることが解ります。美術史的な解釈から言えば分析的キュ ビスムの手法を使いつつ、その色彩と共に画面の分節により全体に統一感を与えています。 自然の恵み賞の《津の町美杉町八知 2024》は木版画で、モノクロームの大画面による風景画です。みえ県展で常連になっている作者の新作です。自分のスタイルを確立することは容易いようで実は難しく、自己模倣になってしまう危うさも秘めています。方法論は同じでも対象の捉え方を工夫することによってさらなる展開も期待できるものです。 最後に一言申し上げたいことですが、一次審査に残った作品の中に偶然似たとは言い難い、海外有名作家の作品をそのまままねた作品がありました。審査員が気づきましたが、模倣はあくまで模倣で終わってしまいます。コンクールに出品する作品は自らの個性を表現するという制作によって成り立つものです。ぜひ自信をもって自らの表現を探求していっていただきたいと思います。洋画部門審査主任 高橋 秀治
彫刻部門審査評
まずは何よりも、前回の 16 点から6割強の大幅増となる 26 点の出品を得たことを喜びたい。他部門も合わせた全体の出品数も前回に比して 22 点の増加であったという。全国的に人口の減少が進行し三重県もその例外ではない状況にありながらも出品点数が増加傾向を示していることは、文化活動が県民のあいだにしっかりと根付き若い世代を巻き込みながら成長を続けている様を物語るものだろう。彫刻部門に限って見ても、出品者の約3割を30 歳以下の若年層が占めるという事実がそれを裏付けている。今回の出品作を見渡した印象を一言で表現すると「多様」である。素材、技法、プレゼンテーションの形式、テーマ等いずれにおいても実に多様性に富んでおり、各人がそれぞれの思い、それぞれのスタイルで自律的に造形活動に向き合っている姿が偲ばれてとても好感が持てた。その中から 14 点を入選としたが、多様であるがゆえにあらかじめ明確な評価基準を設けることは困難であった。そのため、まずは審査員各人がそれぞれの視点で入選候補 作品に票を入れたのだが、一回の投票でほぼ異論なく入選作品が決定し、基本的に複数の票 が集まった作品に賞が授与されることとなった。結果から振り返ると、評価のポイントは技術の高低のみならず、先に挙げた素材、技法、プレゼンテーションの形式、テーマそれぞれが必然性を持ちながら結びつき一つの表現をかたちづくっているか否かであったように思われる。荒々しいテクスチュアを持つ鉄のシートによって巧みに構成された最優秀賞の 《[生命の輪郭]夢食う鶏》、粘土の特性を活かした重量感のある造形とテーマとが深く響き合う優秀賞の《ボクの鎧》をはじめ各賞の受賞作品にあっては、そのことがより過不足なく実現されているように見受けられる。今後とも彫刻部門が多様性を保ちつつ成長して行くことを大いに期待したい。彫刻部門審査主任 野中 明
工芸部門審査評
工芸部門の応募点数は前年比 4 点の増となり、微増であってもうれしいことでした。技法・素材 も年々多様化する中、各々が各自のジャンルを確立し、加えてさらに新たな傾向の作を見ることもできました。 最優秀賞の《冰雪に浮かぶ》は、厚い板ガラスによる合わせガラスを凹面に削って磨き、 種子のような楕円のガラスの塊をのせた作品です。凹面には深い緑が広がり、塊は光を湛え、 ガラスという材の特質を表現するに必要な技法を備えた、簡潔でかつ美しい作です。 優秀賞の《花織着物「ヴィヴァーチェ」》は格子に花織をあしらった清楚な作で、段違いの緯(よこいと)をうまく合わせつつ、黄と水色の経(たていと)の糸使いによって全体を軽やかに仕上げています。同じく優秀賞の寄木細工の《花に遊ぶ》の作者は受賞の常連ですが、花弁や雄しべ、雌しべの表現に至るまで、今年は一層の工夫と充実ぶりを見せました。 三重県市長会長賞の《阿漕浦を歩く》は手練り(てびねり)による増殖的なやきものの造形ですが、皺や縮れに施された微妙な色調が有機性を増長しています。三重県町村会長賞《陽春》はワイヤーで枠を作った上に樹脂を掛けて作った、細かな小花のブーケと小さな千羽鶴ですが、その光を散らす様には、あたたかな春に迎えるめでたい日の輝きが表れています。 岡田文化財団賞《銀化壺》は炭化させたモノトーンの手練りの表面に指跡のような痕跡を 残し、複雑なディテールを施した壺です。小さな高台からたっぷりと膨らんだ胴、古作を思わせる口づくりまで、バランスを整えて作られたシンプルながらも見どころの多い作です。 すばらしきみえ賞には、青海波文を様々に駆使した伊勢型紙による《波瀾万丈》、自然の恵み賞には木の色と木目、鑿跡を活かした寄木の平面作品《熊野市 楯ケ崎》が選ばれました。 最後に、for your Dream 賞には革工芸による靴の作品《革くつ》。工芸が本来用途をもつ材の芸術であることを今一度考えさせる作であり、夢の実現に向けて新たな一歩を踏み出す賞にふさわしい作となりました。入落の境界はわずかです。その材によって何を表現したいのか、表現するにあたって足しすぎていないか、主旨が揺らいでいないかなど、すべてのジャンルに言えることですが、工芸においては手作業の細かさや材の美しさに終わらない、その先を目指していただきたいと思います。
工芸部門審査主任 正村 美里
写真部門審査評
日本全国からの公募展ではなく、一つの県でこれ程高水準な写真がこんなにも大量に集まっている事にまず驚かされました。なので必然的に審査基準は通常のレベルよりも高くなり、家族や知人の素敵な表情を写した写真、高度な技術に裏づけられた風景写真、祭りやイベントの一瞬の出来事を的確なフレームで捉えたスナップ写真等の優れた入選作の中から賞を選定するには「撮影者独自の視点、際立つ個性」が必要要素となりました。最優秀賞の山川充子さんの《バス・ストップ》は、一見演者のようにも思われますが風土に即した卓越した現代的な構成力、被写体の表情の洞察力に「心地よい演劇性」を審査員一同が共感しての受賞となりました。優秀賞 HAL さんの《標本》は退色した色彩の中に時空を超えたマニアックな世界感が詰まっていて想像力を掻き立てる不思議な吸引力があります。優秀賞 の遠藤義光さんの《どろんこ相撲》は、文字通り大の字になっている影も含めた大胆な構図と、黒一色の彫刻のようなフォルムの中に浮き上がる表情で催しの魅力を的確に伝えています。岡田文化財団賞の竹林千秋さん《魔界への招待》は、制御された色彩に熟練の技を感じますが、レンズについた水滴がまるで魔界への入り口のようで異次元空間へ連れ去られます。自然の恵み賞の川本修さん《いただきま~す》はタイトルの可愛らしさと高精度な写真のギャップに思わず微笑みますが、申し分のないクオリティーに感嘆します。for your Dream 賞 大田保さん《危険な遊び》には絵本や童話のような世界観があり幾つもの物語が 語れそうです。すばらしきみえ賞 水口道成さん《暗夜行路》は暗闇の中で息を潜めて撮影 する作者の鼓動が聞こえてきそうな張り詰めた空気感が写っています。三重県町村会長賞 の尾﨑一夫さん《ないしょ話》は寒さを凌ぎ温泉に浸かって会話する老夫婦のような猿達の表情が愛らしいです。三重県市長会長賞 橋本英幸さん《母、生きる》は正攻法な組み写真 ですが、母親への愛情が染み込んだ素晴らしい写真です。応募者全ての方々の今後のご活躍を応援しています。写真部門審査主任 中野 正貴
書部門審査評
コロナ禍もようやく一段落し、各地の展覧会も次第に活況を取り戻してまいりました。今年の書部門は、昨年とほぼ同数の応募があり、総出品数は 140 点(漢字 91 点、かな 18 点、調和体 26 点、篆刻 5 点)でした。うち入選作品は100 点となりました。 審査は吉川美恵子先生、加藤子華先生とともにジャンル毎に進めてまいりました。私は三重県の審査には初めて参加させて頂きましたが、漢字の割合が比較的多く、かなと篆刻の作品が少なめとなっています。しかし、いずれにせよ日頃からの研鑽の跡が窺える力作揃いで、入落の決定には迷うことも屢々ありました。入賞された 9 点は、3人の審査員いずれもが納得した優品です。筆力の強さ、結構の工夫、運筆の流麗さ、章法の面白さ、墨量の変化など、それぞれに特徴を備えた、個性あふれる出来映えを見せています。展覧会に来場された方々には、書の多様な表現を感じ取って、楽しんで頂ければ幸いです。書部門審査主任 弓野 隆之