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平成20年10月21日

福祉と人権のまちづくりを考えるために

皇學館大学社会福祉学部
宮城 洋一郎

はじめに

 社会福祉において人権は、その根拠となる決定的な意味を持っています。人権を尊重する立場が、社会福祉の原点であるといってよいでしょう。そして、この社会福祉と人権を結びつけていく実践活動に人権のまちづくりがあると思います。

 周知のように、人権のまちづくりは部落差別撤廃にむけた実践の中から提起されてきました。この実践は、さまざまな人権課題を解決していこうとする人々と連携し、地域社会の諸課題の解決に取り組むための活動として、広がりをみせてきています。

 そこで、今回は社会福祉の現況を捉える視点を紹介し、これと関わって、ソーシャル・インクルージョンについても考え、そうしたながれのなかに人権のまちづくりを位置づけ、社会福祉と人権を考えるための視点を提案できればと思います。

1、社会福祉の現況

 周知のように、2000年(平成12)に社会福祉法は制定されました。この法律は、戦後の社会福祉を法制度上で根拠づけてきた社会福祉事業法[1951(昭和26)年制定]を改正して成立しました。

 この社会福祉法では、第3条「個人の尊厳」、第4条「地域福祉の推進」を掲げるなど、これからの社会福祉の課題と立脚点を明示しています。そうしたところは、1970年代に「日本型福祉社会論」が登場し、戦後の社会福祉への見直しの議論がはじまり、1990年代後半の社会福祉基礎構造改革へと引き継がれていくながれとも関わってきたところです。

 とくに、在宅福祉を基調とするゴールドプラン等が展開して、措置から契約へと大きな勢いで社会福祉が変化していきました。そこでは、行政指導を基礎とする措置制度が見直され、在宅福祉へと導かれる福祉サービスへと移行していくことを意味していたといえるでしょう。

 この動きを決定的に意味づけたのが介護保険法であったことは、周知の通りです。従来の概念では社会福祉は、税によりサービス供給をおこなうこととされ、自己の資金については無拠出であるとされてきました。一方、保険制度は、自らの資金の拠出を基本に、病気や災害、事故に備えるということでした。

 ここにいう「無拠出」か「拠出」かについては、それが社会福祉か保険かという線引でもあるとされてきたわけです。介護保険は、50%が公費負担とはいえ、被保険者が保険料を支払うという方式を基軸とするもので、しかも「横出し」「上乗せ」など地方自治体で異なるサービスを可能とさせ、全国一律という概念も崩していきました。

 このように、社会福祉の考えは、大きく変化してきました。その変化の中で提示されてきた「個人の尊厳」と「地域福祉の推進」とは、どのような意味を持つのでしょうか。

 この二つのことが意味するところは、大きな枠で捉えると、一人ひとりが地域社会の中で生きていくことを、地域の力を活用して保障していこうということではないでしょうか。

 社会福祉は自助、共助、公助のバランスの上に形づくられているとする考え方があります。自助とは、自らの生活を支え、健康を維持していくことを意味し、共助は公的年金、雇用保険などによる支えの意味と相互扶助などを含めた地域社会の助け合いや、つながりの意味が含まれています。公助はいうまでもなく国や地方自治体による福祉サービスを指しています。

そうした意味を確認すると、「個人の尊厳」と「地域福祉の推進」という考え方は自助、共助、公助が相まって地域社会での取り組みを進めていくということになるでしょう。

 2006年5月に、社会保障の在り方に関する懇談会が「今後の社会保障の在り方について」(報告書)を公表しました。そこにおいては、自助を基本におき、これを補完するものとして共助をあげ、それらでは対応できない困窮などに対して必要な生活保障を行う公的扶助や社会福祉などを公助と位置づけるとしています。

 ここにあるように、自助、共助があってそれでも覆いきれない問題の解決策として公助を考えようという方向が示されています。このような方向は、戦後の社会福祉の核であった公的扶助の後退を危ぶむ議論を呼び起こすことになるでしょう。

そうした意味でも、「地域福祉の推進」という共助の方向が提起されてきたこと、そして、共助が果たす意味合いをどのように捉えていくべきかが問われることを提示しておきたいと思います。

 そうした点において、社会の望ましいあり方として自助、共助、公助のバランスが大切であって、どのようにこのバランスを考えていくかが、同じように問われていると思います。

2、ソーシャル・インクルージョンについて

 ソーシャル・インクルージョン(social inclusion)とは、「社会的包摂」という訳語であわしていくことができるでしょう。フランスで提起された考えとされていますが、注目されるようになったのは、英国・ブレア政権においてとられた施策においてでした。それは「社会から排除されている人々を地域社会の仲間にいれていく」という立場から、ホームレスの人々などに対する施策として、社会保障の給付よりも仕事を用意することで、その自立をはかることから、施策の立案が図られていったのでした。

 この考えを生かしていこうという立場から、社会福祉法が制定された同じ年(2000年)の12月に当時の厚生省社会・援護局長に対して「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討委員会報告書」が公表されました。

 この報告書をとりまとめた「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討委員会」(以下、「あり方検討委員会」、報告書を「あり方検討委員会報告書」と略す)は「大都市を中心に社会全体の包容力が低下する中で、ホームレス問題をはじめ、新たなる社会問題が発生している」との認識のもとで、問題解決のために地域福祉の推進が必要であるという趣旨で発足しました。そして、地域社会の再構築を図る観点から「主要な論点及びその解決を図るための社会福祉の方法論を検討する」という立場から、「あり方検討委員会報告書」を作成したのでした。

 このように、単に地域福祉の推進の必要性を説くのではなく、現代社会が陥っている問題を基本に立ち返って見直し、解決のためにどのような方法があるのかを議論したところにその意義を見出すことができるでしょう。

 そこで、「あり方検討委員会報告書」が説いているキーポイントをあげ、問題提起していきたいと思います。

 まず、これまで社会福祉は、貧困問題に取り組み、心身の障がい等に対する支援を基軸に法制度を整えてきました。ここでの新たな提起として、貧困や低所得の問題には、社会的排除によるものがあるとしたことです。これらの問題は、リストラや失業、倒産、多重債務などと関わって現れ、また外国人労働者、中国残留孤児などの人々のように文化的な摩擦によって貧困を強いられてくることもありました。こうした問題は、従来の生活保護制度の網の目からともすれば漏れ、制度の及ばないところの問題であると指摘されてきました。

 次に、孤独死、自殺、家庭内の虐待、暴力などには社会的な孤立や孤独によるところがあるのではないかと指摘しています。先に述べた社会的排除とも重なって、孤立や孤独に陥った人々が、行き場を失い、死を選び、虐待や暴力に走っていったといえるでしょう。このように死や暴力の背景が、当事者が陥っている排除や孤独・孤立と深く関わっているところに、現代社会の病理の深刻さが示されています。

 こうした指摘により、「あり方検討委員会報告書」は、次のような5点の提言をおこなっています。①社会的なつながりを創出することに係る提言、②福祉サービス提供主体に係る提言、③行政実施主体の取り組みに係る提言、④人材養成に関する提言、⑤その他(ボランタリズム、福祉文化など)。これらの提言のなかには、報告書公表から8年を過ぎて、すでに実施に移されたものもあります。その中にあって、地域福祉の推進と深く関わる、①と③から、人権との関わりを述べておきましょう。

 ①については、情報交換・情報提供の場の創造として提起され、そのために、民生委員、社会福祉協議会、自治会、NPO、生協・農協などの各種民間団体の協力と連携により孤立した人々への見守りを提言しています。それらに関わる人々は、地域社会に深く関わり、隅々まで熟知している場合もあるでしょうし、それでもなお見落されているところもあるでしょう。そうしたことのなかで、情報交換・情報提供の場を創造しようと提言しています。そこに、地域福祉を担う人々を具体的に示し、従前からの社会資源として位置づけられてきた人々をネットワーク化していく現実的な取り組みを明らかにしたといえるでしょう。

 このような点で、先述した共助の意味をさらに深めていこうという意図が見出されるでしょう。単に、相互扶助の意味に留まらないで、地域社会を構成してきた人々の情報交換というネットワークをつくり出すことで、目的意識を持った地域のつながりを生み出していくことを期待したといえるでしょう。

 ②については、窓口のたらいまわしなどといった硬直的な運用に対する批判に応えることをまずあげ、相談だけではなく解決にもっていくプロセスを重視する必要を説いています。さらに、福祉分野と他分野との連携を強化する必要があるとしています。特に、都市部を中心に、民生委員などによる直接的な関わりが難しくなる中で、水道費、電気代が払えなくなり、それらを止められるケースがありますが、これなども当該部署と福祉を担う部署との連携や民間の事業者とのつながりを強め、連携を密にすることで、情報を共有化して、問題解決への取り組みを可能にしていくことができます。

 こうした例からも、それぞれの人々が抱える困難さについての情報を共有していくことの大切さが明らかとなるでしょう。そこに、人権の視点がないと、単に困っている人がいるということになり、本人の努力や限られた支援の範囲でみていくという誤りが生じてきます。つまり、声をあげにくい人々に対する社会の眼差しを如何に形成し、地域住民として何ができるか、また行政はどう対応すべきかが問われているといえるのです。

 このように、①で提言されている共助の意味と②で提起された行政の情報共有は、一人ひとりが個として尊重されるという人権の視点でしっかりと見守っていくことであり、そこから、その人の権利を十分に発揮できることを保障することであるといえるでしょう。こうして、人権を基底においた社会福祉のありようが確かめられていくのです。

3、人権のまちづくりとその実践例

 「あり方検討委員会報告書」が公表された当時の厚生省社会・援護局長であった住谷茂氏は、ここで示されたソーシャル・インクルージョンの立場から、住民参加のまちづくりを進めること、ソーシャルワーク機能をもっと強くすべきこと等をあげ、法律が出発点ではなく問題解決が出発点であると説かれています。そこに含まれる意味を考えるために、人権のまちづくりについて考えてみましょう。

 (社)三重県人権教育研究協議会が主催する「三重県人権・同和教育研究大会」や「学校教育・社会教育に関する分野別研究会」などでは、これまでに人権のまちづくりに関わる報告がなされてきました。すでに多くの方々が、この取り組みについて関心を高め、具体的に関わってこられたことでしょう。

 ここでは、三重県人権・同和教育研究大会での実践報告を例に考えてみたいと思います。ある地域からの報告では、差別落書き事件をきっかけに、住民どうしの交流が深まり、豊かな人間関係を育む思いを結集するまちづくりへとつなげたこと。そこから、郷土の伝統芸能を取り組みに生かすことが取り上げられ、「人権フェスティバル」をとおして発表して、交流の輪を広げ、人権に対する意識を深めていったと報告されています。

 差別に対する怒りを行動に移し、住民相互の出会いと交流を促したこと、その思いが郷土芸能を取り入れたまちづくりへとつながったことに着目したいと思います。

 これまで述べてきたように、地域社会の再生と構築が現代の課題のひとつであり、そのために社会福祉法は「個人の尊厳」と「地域福祉の推進」を掲げ、ソーシャル・インクルージョンの立場からは「新しい公の創造」が求められてきています。そうした観点から、先の事例はひとつの試みとして、今後につながる可能性を示唆するものといえるでしょう。

 それは、郷土芸能という身近に感じることのできる地域の文化を共有することで、地域社会を構成する人々の人間関係を再生させていく効果を意味づけています。さらに、「人権フェステバル」という住民パワーを結集するイベントを持ってくることで、実践の目標を設定し、結合する力を高めることになっているのではないでしょうか。

 こうして、住民どうしが相互に理解を深め合う機会を設けたことで、差別意識の誤りに気づかせていくことにもなったのではないでしょうか。そこに、豊かな人権感覚へとつなげていくという、まちづくりの方法が提起されているといえるでしょう。

 こうした結合力が、問題解決していく力を育て、ソーシャルワーク実践へとつなげていくのではないかと考えます。というのも、今、求められているところは、どのように地域の力を再生していくかにあります。この力を育てるための有効な取り組みが、つながりをつくっていくという点でした。そこにまず着目すべきであるといえます。そして、このつながりから、共助の意味をさらに深化させて、地域住民を主体とした公の創造へと高められていくのではないでしょうか。

4、人権のまちづくりを進めるために

 上記の事例から人権まちづくりに関わる考え方を提起してみました。そこでの問題点をより鮮明にしていくためには、人権のまちづくりをさらに検証していくことが必要と思います。すでに述べてきたように、この取り組みは、三重県においてさまざまな地域で実践され、その成果をあげてきました。先にあげた事例はそのひとつであり、多くの事例が提起するところをしっかりと受けとめ、他の地域へと発信していく必要があり、その上で相互の交流も求められることでしょう。

 しかしながら、地域住民が人権のまちづくりを担い、真に自治的な意味を獲得していくためには、課題も少なくありません。住民相互の理解を深めていく工夫と手法が、地域によって違いがあることも事実です。その違いを学びとり、まちづくりの根幹に位置づけていくには、まちづくりを担う人々の相互交流も必要となるでしょう。

 さらに、担い手をどのように養成していくかも重要な課題です。それは、社会教育の分野として取り組んだ実績を生かしていくことであると思います。そのとき、とくに留意すべきことは、行政や教育機関の役割です。先述のように、新たな公を創造していくことは、それを支えていく人々の存在が欠かせないからです。

 これまで、行政の施策を地域社会に浸透させていくために、どうしても上から下への発想が先行していました。そのことが、上意下達という誤った認識を生み出してきたことは周知の通りです。今、求められているのはそうした関係ではなく、行政と地域社会との対等なパートナーシップにあります。そうした関係づくりを促していくことは、容易ではありません。行政にも住民にもこうした感覚が熟成されていないからです。

 そうした点で、教育機関の役割が重視されるのではないでしょうか。教育機関、とりわけ学校の役割は、重要であるといえるでしょう。とくに、小学校はその校区が地域社会をまとめる一単位として把握されてきました。そのことは、小学校の校区を単位として、地域社会のニーズを表出させていくということにもなります。そしてそれは、そのまま、いくつかの小学校区をまとめた中学校にもいえることです。

 こうした点で、人権のまちづくりを支えていくために、小学校、中学校の役割が重視されてくるのではないかと思います。「あり方検討委員会報告書」は、そこに言及していませんが、永く地域社会の教育を担ってきた学校が、地域社会のニーズを発見し、福祉を推進していくべきところに立っているのは、当然であるといえるでしょう。

 これまでに果たしてきた地域社会における学校の役割を生かしていくことで、人権のまちづくりが進展していくことになるでしょう。

まとめ

 社会福祉の今日を考え、人権への視点を確かなものとするために、社会福祉法の核となるところから、ソーシャル・インクルージョンの考えをとおして、人権のまちづくりの方法を捉え返してみました。

 大変幅広い展開となりました。ここで述べてきた人権のまちづくりを担う人々、機関等がそれぞれに連携し、情報を共有していくことで、地域社会のつながりが真の意味を持ってくると思います。

【参考文献】

社会福祉法令研究会『社会福祉法の解説』中央法規、2001年。

内田雄造編著『まちづくりとコミュニティワーク』解放出版社、2006年。

炭谷茂『私の人権行政論』解放出版社、2007年。

厚生労働省編『厚生労働白書』(平成18年版)、ぎょうせい、2006年。

三重県人権教育研究協議会事務局編『三重県人権・同和教育研究大会要項・報告集』三重県人権教育研究協議会、2005~2007年。

社会保障の在り方に関する懇談会「今後の社会保障の在り方について」(報告書):www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyou/dai18/18siryou3.html

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