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2017(平成29)年度「人権学習指導資料『気づく つながる つくりだす』活用のための講座」講演記録
 

「いろいろな性、いろいろな生き方~学習において大切にしたい観点とは~」

埼玉大学基盤教育研究センター准教授 渡辺 大輔(わたなべ だいすけ)さん
 
 2017(平成29)年8月18日に実施した「人権学習指導資料『気づく つながる つくりだす』活用のための講座」では、埼玉大学基盤教育研究センター准教授 渡辺 大輔さんを講師にお迎えし、「いろいろな性、いろいろな生き方~学習において大切にしたい観点とは~」と題して、ご講演いただきました(この講演会は「一人ひとりが『つくる』人権学習の研究」第2回研究委員会を兼ねて実施したものです)。
 ここではその一部をご紹介します。
 
 

1 はじめに

右寄せ

 

 性に係わって、私たちの思考プロセスに大きく影響しているものが二つあります。
 一つはジェンダーバイアス、つまり性別役割等に関する思い込みです。例えば、「外科医といえば男性」という思い込みは比較的多くの人にあるようです。この思い込みに気づくためのショートストーリーがあり、授業でよく使っています。看護師さんを対象にした研修でも使うのですが、ほとんどの看護師さんは女性のお医者さんと日々一緒に働いているにもかかわらず、「外科医」というと男性を思い浮かべる人が多いのです。中には、実際に女性の外科医と働いているのに、男性をイメージした人もいました。ジェンダーバイアスとはこういうものです。ジェンダーバイアスに係わる例をもう一つ挙げます。次のような悩み相談があったとします。「私とパートナーは共働きなので、結婚前は、家事・育児は共同でしようと話し合っていたのに、実際に子どもを育てはじめて数年経ったころには、ジャーナリストであるパートナーは仕事で帰りが遅いこともあり、公務員で定時に帰れる私が家事・育児をほとんどやるようになりました。パートナーは休日くらいしか手伝ってくれず、悩んでいます」。この悩み相談を読んだとき、性別については何も書かれていないのに、多くの人が、ジャーナリストを男性、公務員を女性だと思い込みます。これもジェンダーバイアスです。
 この悩み相談からは、性に係わる私たちの思考に影響している、もう一つのものについても気づくことができます。相談文中には、日本のことだとは書いてありません。世界には同性間で結婚できる制度のある国も多くありますし、いろいろな形で子どもを持って育てている同性カップルもたくさんいます。ですから、この相談も同性カップルのことであるかもしれないのですが、日本社会にいると、そういう発想はなかなか生まれません。「カップルといえば異性どうし」という思い込みがあります。これを社会学では異性愛中心主義といいます。
 この二つが、私たちの社会や文化に深く入り込んでいることに、まずは気づいていただけたらと思っています。
 

2 性のあり方の多様性

 今日は性のあり方の多様性について考えていきたいと思います。
 性のあり方というのは、本当に様々です。そこにいくつかの軸を入れて整理してみます。
 1つめの軸は「性別自認」です。性自認とか、こころの性とかいったりもします。「あなたの性別は?」と問われたとき、頭に浮かぶものがあると思います。それが性別自認です。男性、女性というだけでなく、「どちらでもない」「わからない」「決めたくない」という人もいます。
 2つめは「社会生物学的性別」です。身体的性別とか、からだの性とかいったりもします。一般的に外性器形態で判別しますが、それがすぐには判別しがたい場合もありますし、外性器形態、内性器形態、染色体や遺伝子の組み合わせも男女において非常に多様です。
 3つめは「性指向」です。性的指向ということもあります。これは「どの性別の人が好きか」ということです。女性が好き、男性が好き、性別問わずに好き、人を好きにならない等、いろいろな人がいます。
 こういった性のあり方の多様性を樹形図等に図式化したものをご覧になったことのある方もみえると思います。それを見るとわかりやすいと思うのですが、人間の性は、「男」「女」と簡単に二つに分けられるものではなく、とても多層的で多様なのです。
 

3 「シスジェンダー」、「SOGI」(ソジ)って?

 性別自認に係わるマイノリティ、つまり、自分の「身体の性に違和感がある」人をトランスジェンダーということは知っている方も多いと思います。では、「身体の性に違和感がない」人を何というでしょう? シスジェンダーといいます。おそらく、みなさんの多くはシスジェンダーなのですが、この言葉は聞いたことのない方がたくさんいるのではないでしょうか。では「身体の性に違和感がない」ことを、何と言っているかというと「普通」と言っているのです。そして「普通でないもの」にトランスジェンダーという名前を付けてきました。でも、ちゃんとシスジェンダーという名前があります。多数派は、自分の性のあり方の呼び名を知らなくても済ませられる社会であるということを認識していただきたいと思います。
 これと通じる話を一つします。性的マイノリティに係わってよくある質問の一つに、「性同一性障がいや同性愛になる原因は何ですか?」というものがあります。人間の性を形づくる遺伝子は20~100くらいあり、それが様々に影響しているようですが、はっきりしたことはわかっていません。でも、多くの人がシスジェンダー・異性愛になるメカニズムも同様にわかっていません。にもかかわらず、マイノリティばかりが「なぜ? 原因は?」と尋ねられてしまうという権力関係があることも、頭に入れておいていただければと思います。
 性的マイノリティに係わってLGBTという言葉がありますが、最近はSOGIという言葉も使われるようになってきました。SOGIというのは、性指向を表す英語のSexual Orientationの頭文字と、性別自認を表すGender Identityの頭文字を合わせたものです。文部科学省の文書でも使われています。SOGIが使われるようになってきた理由は、「性的マイノリティの問題、LGBTの問題」というと、「あの人たちの問題」という意識になってしまいがちだからです。それに対し、性指向・性別自認は、マジョリティを含めて、みんながそれぞれの形で必ず持っているものなので、「SOGIの問題」とすると、「あの人たちの問題」ではなく「わたしたちの問題」「自分のこと」としてとらえやすくなる、ということでSOGIが使われるようになってきました。
 

4 支援と学習の必要性

 支援を行うにあたっては、セクシュアリティ(*1)の認識は人生の途中で「揺れ」ることがあるものと理解しておく必要があります。特に幼い時期はその傾向が強いといえます。また正しい情報が少ないために、「自分は同性を好きだから、トランスジェンダーだ」といった誤った思い込みをしてしまう子どももいます。
 そういう子どもの中には「自分はこころと身体の性別が違うようだ」と誰かに相談して、話を聞いてもらっているうちに、その「違う」という感覚が消えていくケースもあります。ですから、そういう相談をしてくる子どもがいたら、じっくりとその「揺れ」に付き合ってあげてください。特に同性愛とトランスジェンダーとを混同して「自分の身体の性別を変えなければ」と思い込んでしまっている子どもには、じっくりゆっくり付き添ってほしいと思います。というのは、現在ではホルモン剤の個人輸入が可能で、子どもたちが自分の判断で入手できてしまうからです。本来は、ホルモン療法をするにはジェンダークリニックで医師の診察・処方を受けなければならないのですが、それなしに入手できてしまいます。誤った判断でホルモン剤を投与して身体が変わってしまうと、逆戻りはできません。後で「間違いだった」と思っても戻れないのです。だから、じっくりゆっくり悩める場を提供することがとても重要になってきます。
 また「シスジェンダーかトランスジェンダーか」ということと、「同性愛か異性愛か」ということとは無関係であることの理解も大切です。これはよく混同されるのですが、教職に就いているみなさんにはこの区別をしておいていただきたいと思います。というのは、トランスジェンダーと同性愛とでは、必要とする支援がまったく違うからです。
 厚生労働省による2012(平成24)年の調査では、「自殺したいと思ったことがある」と答えた人は約23%でした。それに対し、日高庸晴さん(宝塚大学看護学部 教授)らが2005(平成17)年に行った、ゲイ・バイセクシュアル男性を対象とした調査
(*2)では、65.9%が「ある」と答えています。かなり差があるといえます。
 中塚幹也さん(岡山大学医学部 教授)の性同一性障がいの子どもに関する2013(平成25)年の報告書
(*3)によれば、思春期に自殺を考えた子どもが58.6%、自傷・自殺未遂を行った子どもが28.4%います。また、学校に入ると、いろいろなことが男女別になります。それが原因で学校のレールに乗れず、不登校になる子どもが約30%、鬱やパニック症候群などの精神科合併症を発症する子どもが15%以上います。
 また、インターネット上での調査ではありますが、性的マイノリティの多くが、性のあり方に係わっていじめ被害を経験しているというデータ
があります。小学校1年生の段階で20%近くがいじめ被害を経験しています。中でも、性別に違和感のある男子の被害経験の高さが突出しています。「男の子らしくない男の子」が、身体的な暴力や性的な暴力(服を脱がされる・恥ずかしいことを強制される等)といった深刻ないじめを長期的に受ける傾向があることが読み取れます。そこから何が言えるかというと、男集団の中での「男らしさの縛り」が強いということです。女の子どうしで手をつないでいても何も言われませんが、男の子どうしだといじめの対象になります。また、ボーイッシュな女の子が「かっこいい」と憧れの対象になることはありますが、逆はありません。
 子どもは「性的マイノリティについて何も知らない無垢な存在」ではありません。子どもたちの多くは、性的マイノリティは「おかしなもの」「笑いの対象」であると、小学校1年生の段階ですでに刷り込まれています。ですから小学校低学年か、もしくは幼児期から、性の多様性についての学びが必要になってきます。例えば、「家族の形っていろいろだよね」とか「男らしさとか女らしさとかっていうのもいろいろだよね」とか「好きになるものもいろいろだよね」ということを伝えていくことが大切だと思います。そして、「多くの人とちがうからといっていじめるのはおかしいよね」ということを伝えていかなければなりません。

*1 体の性別、戸籍や役割など社会的な性別、性指向、性別自認、性に関する意識や行動を総称する言葉。
*2 日高庸晴他 厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究推進事業「ゲイ・バイセクシュアル男性の健康レポート2」
*3 中塚幹也『学校の中の「性別違和感」を持つ子ども 性同一性障害の生徒に向き合う』2013年 科研費報告書


 

5 性的マイノリティが直面する危機の特徴

 次に、性的マイノリティが出会う様々な危機について見ていきます。
 まず、親がなかなか「味方」になってくれないということがあります。なぜかというと、親はたいてい性的マジョリティだからです。しかも学習の経験もほとんどありませんから、多くの場合、偏見を持っています。
 それから、仲間に出会えない、ということがあります。なぜかというと、セクシュアリティは外面には現れないので、同じセクシュアリティの人が身近にいたとしてもわからないからです。現代では、インターネットを使えば、いわゆる出会い系サイトを介して出会えます。しかし、そこにはリスクもあります。教職員のみなさんには知っておいていただきたいのですが、出会い系サイトで出会えるのはたいてい年上の人で、そこには年齢による権力格差があります。加えて、子どもたちは「やっと出会った当事者の仲間だ」と思って期待を持っています。相手からセックスに誘われると、子どもたちはやっぱり関心を持っているので、セックスしてしまいます。したくなくても「しなくちゃいけない」と思い込んで受け入れてしまうこともあります。中学校3年生で性感染症予防の勉強はするのですが、授業で取り扱うのは基本的に異性間のことなので、性的マイノリティの子どもは「自分には関係ない」と思ってきちんと聞いていないことが多く、「同性間なら妊娠しないからコンドームはいらない」と思っている子どももいます。結果として、HIV感染を含む性感染症にかかってしまうことがあります。出会い系サイトは、上手に使えばいい友だちやいい恋人に出会えることもありますが、リスクもあるということをネットリテラシーとして伝えることが大切だと思います。
 このように、性的マイノリティは、自分のセクシュアリティのことを誰にも言えず、孤立しがちです。言えない一因は、誰が理解者であるかよくわからないところにあります。ですから、みなさん、学校にお帰りになったら、子どもたちに「今日、こういう研修を受けてきた」「今はまだよくわからないのだけど、勉強しているんだ」ということを伝えてください。それが孤立を防ぐ第一歩になります。
 

6 「性の多様性」に関する行政の動き

 性の多様性に係わって行政が動き出したのは、ここ2、3年ではないか、という気がするかもしれませんが、実は1997(平成9)年にすでに、府中青年の家事件裁判の判決で「(同性愛者の権利擁護について)無関心であったり知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されない」と述べられています。「公権力の行使に当たる者」の中には、広く解釈すれば、公教育に当たる教職員のみなさんも入ってきます。20年前にすでにこのような判決が出ているわけなので、「知識がない」では済まされません。
 2000(平成12)年に「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が制定され、この法律に基づいて2002(平成14)年に「人権教育・啓発に関する基本計画」がつくられました。この基本計画で取り上げている人権課題の中には「同性愛者への差別といった性的指向に係る問題」が入っています。 
 2010(平成22)年には文部科学省が「児童生徒が抱える問題に対しての教育相談の徹底について」という通知を出しました。タイトルだけではわかりにくいのですが、中身を読むと、性同一性障がいの子どもたちに配慮をしてください、という内容です。
 2012(平成24)年には、内閣府の「自殺総合対策大綱」に「性的マイノリティについて、無理解や偏見等がその背景にある社会的要因の一つであると捉えて、教職員の理解を促進する」ことが自殺予防に重要だと書かれました。
 2015(平成27)年には、文部科学省が「性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について」という通知を出しました。この通知は画期的でした。どこがかというと、まず「悩みや不安を受け止める必要性は、性同一性障害に係る児童生徒だけでなく、いわゆる『性的マイノリティ』とされる児童生徒全般に共通するものである」としたことです。これ以前は、文部科学省は性同一性障がいしか扱ってこなかったのですが、初めて「性的マイノリティ」という言葉を使いました。つまり、支援対象が広がったのです。もう一つ、これが本当に画期的だと思うのですが、「学級・ホームルームにおいては、いかなる理由でもいじめや差別を許さない適切な生徒指導・人権教育等を推進すること」が支援の土台だとしたことです。これまでは「性同一性障がいの子どもに個別的な配慮をしてください」と言っていたのが、「(生徒指導・人権教育等の教育活動の中で)みんなが勉強しなくちゃいけない」ということに変わったのです。この「その子どもを支援するだけではなくて、みんなで勉強しなくてはいけないことなのだ」というふうに変わったことがとても重要です。
 この2015(平成27)年の通知を受けて、翌年、「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について(教職員向け)」というパンフレットが配付されました。各学校にあるはずですが、見当たらなければ、文部科学省のホームページに掲載されていますので、ご覧になってください。その中に、「自認する性別の制服を認める」「職員トイレの利用を認める」等、学校における様々な支援事例が掲載されています。ただ、これらは「事例」であって、「マニュアル」ではありません。誰かの事例を、別の子どもにそのまま当てはめることはできません。ですから、その子どもとしっかり話をして、「どうしたいか」「何ができるか」ということをお互いに考え合っていくことが重要です。
 校則の中には、教育学の研究者として「本当に必要なのか?」と思うものがあるということも伝えておきたいと思います。例えば、「男子は髪が耳にかかってはいけない」「女子は肩についたら結ぶ」という校則のある学校があるのではないかと思います。でも、なぜ髪型を男女に分けて規定する必要があるのでしょうか。ノートをとる際に手元が暗くならないよう、長ければ結ぶことを、性別問わずに指導すればいいことです。学校という場において、秩序がとても重要であることは理解できます。しかし、「この規則は必要か」という観点で見直したとき、頭髪のことに限らず、変更すべきところも出てくるのではないかと思います。
 2017(平成29)年3月には、文部科学省が「いじめの防止等のための基本的な方針」を改定しました。ここには、「性同一性障害や性的指向・性自認に係る児童生徒に対するいじめを防止する」と明記されました。この種の文書で、ある属性を特記するのは珍しいことです。それだけいじめの問題としても重視されてきた、ということだと思います。
 一方で、2017(平成29)年3月31日に公示された新しい学習指導要領には、残念ながら、性の多様性は学習内容としては明記されませんでした。ただし、6月に発表された学習指導要領解説は、少し変わりました。例えば、これまでの「小学校学習指導要領解説体育編」には、「思春期には、初経、精通、変声、発毛が起こり、また、異性への関心も芽生えることについて理解できるようにする。さらに、これらは、個人によって早い遅いがあるもののだれにでも起こる、大人の体に近づく現象であることを理解できるようにする」となっていたところが、新しい解説では「早い遅いがあるもののだれにでも起こる」という言葉が消え、代わりに「個人差がある」という言葉が入りました。保健体育の教科書には「思春期に入ると、自然に異性への関心が高まり…」といった記述が出てくると思うのですが、授業の際に、新しい解説の「個人差がある」という記述をふまえ、「そうじゃない人もいるよね」「異性に関心が高まる人もいれば、同性に関心が高まる人もいる、誰にも関心が高まらない人もいる」ということを一言付け加えるだけで、子どもたちの受け止め方は全然ちがってきます。さらに、子どもたちに「では、この記述をどう書き換えたらいいと思う?」と問いかければ、学習を深めるきっかけになると思います。

 

7 「性的マイノリティについて」学ぶのではなく

 私は今、ある中学校の2年生の学習に係わっています。1時間目に性の多様性の基礎知識を学習した後、2時間目には、性的マイノリティ当事者の方にゲストとして来てもらい、子どもたちとおしゃべりをしてもらいます。中学生はいろいろな質問をしてきます。その質問に、ゲストが一方的に答えるのではなくて、子どもたちと対話してもらうようにしています。「自分のセクシュアリティに気づいたのはいつですか?」と聞かれたら、自分のことを答えるだけでなく、「じゃあ、あなたはいつ?」と尋ねてもらいます。「同性愛になった原因は何ですか?」という質問があれば「あなたが異性愛なら、異性を好きになる原因は?」と返したり、「パートナーのどんなところが好きなのですか?」と聞かれたら「じゃあ、あなたはどんな人が好きなの?」と質問したり、といった具合です。こういうおしゃべりをいっぱいする中で、子どもたちは「好きな人のタイプが同じだ」など、自分とゲストの共通点に気づいていきます。初めは自分たちとゲストの間に境界線があると思っていたのが、実は自分とゲストは同じ側で、友だちとの間に境界線があることを発見したりします。このようにして、最初「あの人たち」と「私たち」と考えていたのが、「『私とあの人』とには共通点がいっぱいあった」「『私たち』の中にもちがうところがいっぱいあった」ということに気づいていける学習になるようにしています。
 授業をするとき、「性的マイノリティについて」学ぶということになると、クラスの中にいる当事者はとても緊張します。そうではなくて、「性の多様性について」学ぶという観点を持つことが重要です。つまり、すべての人の性のあり方について学ぶということです。「あの人たちについて」学ぶのではなくて、むしろ、「私たちについて」学ぶということです。「シスジェンダーという言葉を知らなかった私たちって何者なのだろう?」、「自分のことをわかっていないにもかかわらず、『あの人たちについて』知ろうとしていた私たちって何だったのだろう」ということを考えるのです。そのうえで、「じゃあ、今の社会や私たちの学校は、いろいろなセクシュアリティの人が安心して過ごせる場になっていたんだろうか」ということを考えていきます。
 この中学校では、性の多様性だけではなく、中学校3年間をとおして性教育のプログラムを組んでいます。この学校の校長先生は、このプログラムを実施することで「子どもたちが落ち着いた」と言ってみえました。性教育プログラムだけのおかげではないのかもしれませんが、「話しにくい性のことを先生がきちんと話してくれるというのは、子どもたちが教職員に信頼感を抱くきっかけにはなるのかもしれない」と校長先生は評価をしてくださっています。
 

8 おわりに

 最後に3点、お話をします。
 1つめは、「性的マイノリティの子どもに相談してもらえるような体制」をつくってほしいということです。
 先ほども少し触れましたが、とにかく「性のあり方の多様性」に関することを話題にしてください。ホームルームのときに「夏休み中にこんな勉強をしてね」「こんな本を読んでね」といった話をしたり、いろいろな「たより」に書いたり、ポスターを貼ったりするのもいいと思います。テレビで「ホモネタ」を見たら、「みんなあの番組見た? あんな話題があったけどみんなはどう考える?」と問いかけてみてください。各教科の授業でも取り上げてください。保健体育では取り上げやすいと思います。生物でもできると思います。社会科や公民なら、人権に係わる住民運動と絡めて日本各地で行われているLGBTのパレードのことを紹介してはどうでしょう。国語なら同性カップルを扱った文学作品を読んだりするのもよいと思います。芥川賞をとった作品もあります。英語なら、最近LGBTのニュースはたくさんありますので、そういう英文記事を読むこともできます。その他、朝の会、朝読書、ホームルームの時間に何ができるか、アイデアを出し合ってみてください。PTAでも、この内容の学習会を企画することができると思います。保護者との協力・連携はとても重要です。是非、みなさん、各校で「私たちは何ができるか」を考えてください。
 2つめは、アウティングについてです。
 アウティングとは、その人のセクシュアリティを、本人の了承なしに勝手に他者に伝えてしまうことです。取組を進めるうえで共有しなくてはならないこともあると思いますが、伝える相手が教職員であっても、専門家であっても、保護者であっても、必ず本人の了承を得てください。特に保護者に知られることは、経済的に自立していない若者にとっては、本当に恐怖です。ですので、必ず「こういう理由で、この人には話す必要があると思うんだけどいいかな? この人は勉強しているから大丈夫だと思う」というふうにきちんと話し合って、了承を得てから話すようにしてください。友だちにアウティングされた大学院生が自死してしまったという事件をご存じの方も多いと思います。命に係わる問題ですので、「アウティングは厳禁」ということを頭に入れておいてください。
 3つめに、ある小学校の先生の取組を紹介して終わりたいと思います。
 小学校1年生のクラスでのエピソードです。子どもたちが水筒を持参する学校は多いと思うのですが、その先生は最初、水筒を入れるための段ボール箱を2つ用意したそうです。すると子どもたちは、指示されたわけでもないのに男女別に入れたそうです。「2つに分けるなら男女別に」ということを子どもたちは小学校1年生の段階で学んでしまっているのです。
 次の日、この先生がどうしたかというと、もう1つ段ボール箱を増やしたのです。そうすると、子どもたちは性別に関係なく入れるようになったそうです。この先生の取組のおもしろいところは、「選択肢を増やした」ということです。大きな箱を1つ持ってきて、「みんな一緒」にするのではなく、選択肢を増やしたということです。こういう問題は、しばしば「みんな一緒」にしよう、という対応をしてしまいがちです。例えば、帽子の色を赤と白2色に分けるのではなく、黄色1色にしようとか。でも「ちがうものを排除しないことをどう学ばせるか」ということの方が重要なのではないでしょうか。ですので、2色に分けるのではなく、1色にするのでもなく、「5色の中から好きな色を選んでいいよ」というふうに準備できるとよいと思います。もちろん、面倒ですし、時間もかかります。効率化の大切さも理解していますが、個人差や多様性を大切にした学校づくり、学級運営をしてほしいと思っています。

本ページに関する問い合わせ先

三重県 教育委員会事務局 人権教育課 調査研修班 〒514-0113 
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