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みえ国際協力大使 鈴木 慎一朗さん からの活動報告 その3

赴任国:南アフリカ共和国 職種:科学 2017年3月派遣

(三重県より:鈴木さんから以前いただいた活動報告もあわせてご覧ください。)
活動報告その1
活動報告その2

報告日:2019年3月18日

はじめに

サウボーナ!ンジャーニ?(こんにちは!お元気ですか?)

 鈴鹿市出身の鈴木慎一朗です。
 2017年3月末に南アフリカに派遣されて、間もなく青年海外協力隊の任期である2年を迎えようとしています。今回は節目になるこのタイミングで協力隊の活動や生活を振り返ってみようと思います。
  実は、私は協力隊の2年を迎える前に任期短縮を決意して、南アフリカで新たに生活を始めています。おそらくは少し珍しい例になった自身の協力隊後の進路も合わせて紹介します。
 

訓練・1年目の振り返り

 私の協力隊としての生活は2017年の新年早々からスタートしました。隊員としての派遣を前に、候補生として2か月間の語学訓練を受けることになります。場所は福島県二本松市。山の中腹にある施設で100人の同期と一緒に寝食を共にして勉強しました。ここでは語学だけでなく、安全管理、健康管理、活動のヒントとなる様々な手法を学びます。人生の中でもとても濃い2か月で、修了するときには2年後の再会を約束して南アフリカへ向かいました。
 

≪訓練所での修了式前夜。ここで過ごした同期は100人20か国にいます。≫
 
 さて、私は3月末に派遣され、南アフリカに関わる講習を受け、私の活動先であるリチャーズベイに赴任しました。私の生活の特徴というと、アメリカからのボランティア(ピースコー)との共同生活であることでした。ピースコーの彼も同じ職場で通勤も同じでした。仕事の内容は違ったものの、私が裏方の仕事が主だったこともあり、彼の仕事を手伝うことも多かったです。
 
 私の任地の生活は協力隊の中でもかなり恵まれていました。同期に話を聞くと、協力隊のイメージ通りの水汲み生活であったり、停電が多かったり、口に合う食事どころか食材を買うことが大変であったり…。村で村人と生活するだけでも草の根活動となる協力隊らしい生活だそうです。
 私の場合は、数か月に一回くらい停電があったくらいで、近所にはスーパーがあり、蛇口からお湯が出る生活が出来ました。生活するストレスというのがほとんど無かった分、活動に集中することが出来ました。


≪生活してきた家。大家さんが隣に住んでいました。ユニークな地域でストリートが動物の名前でゾウやチーターの名前が使われていました。≫
 
 私の職場は大学付属の科学館です。大学付属といってもキャンパスの中にあるわけではなく、工場地帯の一角にあります。勤務は日本での社会人生活からするとゆとりのあるものでした。勤務日は周辺地域の学校のカレンダーに合わせられていて、活動できる時間は平日の8時から16時まででした。
 展示品のメンテナンスが主な仕事で、壊れているのを見つけては手を付けるという感じでした。赴任時にはいくつも止まっていたので、出来るもの・簡単そうなものからドンドンと手を付けていました。最初は一人で黙々と取り組むことも多かったですが、だんだんと他のスタッフやピースコーとコミュニケーションを取りながら進められたと思います。
 また、作業場や事務所にこもり過ぎることが無いように、煮詰まったときや時間があるときには展示のフロアで子供たちと触れ合う時間も意識しました。



≪科学館の様子。寄付による実物展示もありました。≫
 
 そんな1年目のハイライトは職場の上司や同僚との東京訪問です。Science Centre World Summitという3年に1度のイベントが東京の科学未来館で開催することになったのがキッカケです。
 私が赴任する前から、彼らはスピーカーとして壇上に上がることになっていました。そんななか私はというとプレゼンテーションなど参加予定は無かったので、出張として日本に同行が認められませんでした。
 せっかく、自分の身近な人が東京を訪れるのに、彼らに滅多にない機会を満喫してほしいのに…と悩んだ結果、私は任国外旅行として同行することにしたのです。
 私はサミットには参加できないので、プレゼンテーションは聞けないものの、会場の外でガイドすることが出来ました。数日間は都内を回ることが出来るということで、リクエストに応えて富士山や都内を散策したり、おもちゃミュージアムなどを視察も兼ねて訪れたりと一緒に過ごすことができました。職場の同僚だけでなく、サミットの参加者であるオーストラリアやスウェーデンなど、各国の参加者とも交流できたのもいい経験でした。今振り返っても行った甲斐がある、いい決断ができたなと思います。


≪日本観光中の様子≫
 

2年目の活動

 東京訪問という大きなイベントがあった1年目と比べると、大きなイベントが無かった2年目。とは言え、職場に腰を据えて活動することが出来たかなと思います。毎年恒例のサイエンスフェスタZulu Festの手伝いをしたり、展示品のメンテナンス以外に新しくモノを作ってみたり、ワークショップ向けに教材を整備したりと、科学館に残せるものも用意できたように思えます。
 一例がワークショップに使われるLEGOブロックです。日本でもプログラミングが授業に組み込まれるそうですが、南アフリカでも学ぶ機会が増えています。科学館でも同様で過去にはLEGOブロックが寄贈されています。しかし、数回使われただけで仕舞われていて、パーツもぐちゃぐちゃで宝の持ち腐れといった状態でした。
 パーツを分別して教材を元通りにしたあと、上司が外部講師を招いて科学館スタッフ向けにワークショップが行われました。MindstormというLEGO製品なのですが、モーターやセンサーを組み合わせてロボットを作ることが出来て、さらにパソコンで動きをプログラミングできるものです。大人の私たちでも楽しみながら考えることが出来る教材でした。今後も活用されていることを願っています。


≪用意できたLEGO・Mindstorm≫



≪毎年行われているZulu Festの様子≫
 

協力隊後の進路について

 2年目を迎えたころに、進路についていろいろ考えることが増えてきました。学校に行くことや日本で就職することを考えていたものの決め手に欠いていたとき、南アフリカに長く住んでいる日本人の方に相談したことがキッカケで今の決断をするに至りました。
 協力隊後の進路は大半が日本での就職や復職、他には大学や留学などの例があります。そんな中で私が選んだのは南アフリカでの現地就職でした。上記の日本人の方に、別の在住日本人の方を紹介して頂き、熱い話をしていくなかで心を決めました。
 話を伺って初めて知ることになったのですが、専門職の方が途上国での生活を経験しているのは思っている以上に強みなのだそうです。また日本人であることも強みの一つのようで、日本語を話せる、日本人と働いた経験が生きるとのことでした。技術職の私の場合も、日系企業で働く駐在員との仕事は相手から信頼を得やすく、日本とのやり取りも比較的スムーズに出来ます。加えて、現地の人々の時間感覚だったり働き方を知っているので、お互いを繋ぐパイプ役にもなりえそうです。

 冒頭で話した通り、もう南アフリカで働き始めています。任期を短縮するとき、活動先やJICA事務所からは私の今後の人生に目を向けてくれて理解の上で賛成と応援の言葉を頂いて本当に感謝です。


≪新たに生活することになったダーバンの街並み≫
 
 協力隊とは違った立場で同じ国を見るとまた発見があります。隊員時代は禁止事項である自動車の運転が出来るようになり、新たに日本人と働くことになり、そもそも英語を使って働いて給与を頂くのは初めてです。海外で働くとぶつかる言語の壁以外にも、南アフリカ特有のトラブルなどもありますが、辛抱強くもう少しこの国と付き合っていこうと思います。
 
 2年間、ありがとうございました。

 

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