新・田舎人 第73号 平成24年9月 伊賀市 種生地区
エサの養殖から、地域を挙げて環境美化 もう一度、ホタルの棲む美しい里山をめざして ~三重県伊賀市「種生区活性化計画推進委員会」~
三重県伊賀市種生区では、毎年6月「ほたる祭り」が開催され、おおぜいの観光客が詰めかけます。「子どものころに見た、ホタルが舞い飛ぶ光景をもう一度」を合言葉に、水路の整備や環境美化に取り組んだ、20年の足跡をレポートします。
撮影/多田昌弘
夏に楽しむ、ホタルのツリー
伊賀市の種生地区にある旧博要小学校。ここは、毎年6月に開催される「ほたる祭り」のメイン会場となっています。この祭りを目当てに愛知、奈良、さらには大阪から、約1,000人の観光客が訪れます。会場には、お昼過ぎから、地元野菜の直売ブースや伝統料理を試食できる屋台が並び、地域に伝わる青山太鼓の音色も響いて、すでに大賑わいです。
「ほたる祭り」の野菜直売ブース。ホタルが棲む美しい圃場が育んだ、新鮮なダイコンが格安!
写真提供/種生区活性化計画推進委員会 |
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祭りの日は、草餅作りも。多くの観光客がつきたてを楽しみに。 伝統食の提供も、地域の魅力を知ってもらう工夫のひとつ
写真提供/種生区活性化計画推進委員会 |
夜8時を過ぎると、人々は地元住民の案内のもと、整備された水辺を散策。すると、ほのかな明かりの点滅がそこここに。「これがホタルなんだ。初めて見たー」と、ささやく声が聞こえます。さらに歩くと、ある一本の木に、ホタルの群れが。「たくさんの明かりがポッ、ポッと瞬いて、まるでクリスマスツリーみたい!」幻想的な光景に、皆興奮ぎみです。
自然石を積み上げて作った「ほたるの水路」
ホタルをシンボルに、地域の環境美化
伊賀市の種生区は、淀川の源流域。ホタルの自然繁殖を支えるのは、美しく保たれた圃場です。
この地区で、「ほたる祭り」が始まったのは、平成5年のこと。それは地域住民のあるひと言がきっかけでした。「子どものころはいっぱいホタルがおったのに、最近、見んようになったなぁ」
それならば、“自分たちの手でホタルの棲める環境を復活させよう”と、青年層が立ち上がり、川の清掃などを始めました。
この取り組みが、住民たちの環境美化や地域活性化の意識を高め、青年層を中心とした「種生区活性化計画推進委員会」が発足。「自然に囲まれ、心豊かに、安心して暮らせる地域づくり」をめざし、圃場整備や美観維持、伝統芸能の継承などを進めました。また、取り組み全体の達成率を測る手段として「ホタルの数がどれだけ増えたか」を、成功のバロメーターとすることに。
しかし、一部の住民からは、「ホタルがいなくても生活には困らない」と反対の声が。そのたびに、委員が足を運び、「かならず地域のためになるから」と説得しましたが、肝心のホタルが増えません。事務局長の小竹紀忠さん(64)は、当時をこう振り返ります。
「数を増やすには、ホタルを養殖すれば手っ取り早い。しかし、ホタルは、地域が本当に美しく回復したことのシンボルなんです。だから、養殖などせず、自然繁殖をめざしました。成果が出ないときは、一匹ウン万円のホタルやな、と揶揄されたこともありましたね」
高台からの種生区の眺め。田んぼの畦にアジサイなどを植え、景観美化に努める
エサとなる「カワニナ」から養殖
ホタルを自然繁殖させる取り組みのなかでも、とくに工夫したのが、水路の建設です。護岸をコンクリートで固めると、幼虫が流されたり、水路から這いあがれなくなるので、自然石を手作業で積み上げました。
やがて、繁殖が軌道に乗りかけても、こんどは別の問題が。ホタルが急激に増えると、エサとなる貝「カワニナ」が食べ尽くされ、翌年、ホタルの数が減ることがわかったのです。そこで、「カワニナ」の養殖も始めました。
さらに、ホタルの棲める水質を保つため、各家庭に合併処理浄化槽の設置を推進しました。
これらすべての取り組みには、「ふるさと水と土基金」が、おおいに活用されました。「“ホタルの棲める環境をみんなでつくっていこう”という意識を、より大勢の人にもってもらうことにも、力を注ぎましたね」と話す小竹さん。見せてくれたのは、自動車用のステッカーです。活動に共感する人に配付することで、「ほたるの里サポーター」として環境保全の意識を高めてもらいます。
また、地域の小中学生を招いて「ほたる水路の見学会」を開催。推進委員会の委員たちが講師となり、ホタルが棲める環境を維持していくことの大切さを子どもたちに訴えました。
基金を活用した各種施設の整備と、20年にわたる啓発活動が実を結び、地域はかつて以上の、美しい環境を取り戻しました。ホタルは驚くほど数が増え、水路に沿って輝くさまは、「まるで地上の天の川のよう」という声も聞かれるほどです。
カワニナの養殖場は委員の手作り
設計図通りに作ったはずの養殖場だが、なぜかすき間ができ、修正に苦労したとか |
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カワニナの幼生。野菜クズをエサに約1年で成体に | |
「ほたる水路の見学会」で自然の大切さをメッセージ
ホタルの生態のほか、地域の自然環境を子どもたちにレクチャー
写真提供/種生区活性化計画推進委員会 |
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水路脇のホタル観察コーナー。柵を設けることで、見物客の安全を考慮すると共に、ホタルの生息域を保護 | |
車に貼る「ほたるの里サポーター」のステッカー |
次世代に受け継がれる環境美化
当初は委員会のメンバーが中心となって行っていたホタル関連のイベント運営も、環境美化の思いが地域全体に広がるにつれて、多くの住民が参加するようになりました。「ほたる祭り」が開かれる「ほたるウィーク」には、住民がボランティアで、車の誘導や安全パトロールを実施しています。「ボランティアのなかには、かつて『ほたる水路の見学会』に参加した子どもたちもいるんですよ」と、小竹さんは感慨深げに話します。
昭和22年に建設された旧博要小学校の校舎。現在はさまざまなイベントに利用され、地域活性の中核となっている。手前は委員会のみなさん |
豊かな環境を体験してもらい、若者の定住を促す
「地域の自然環境に目を向ける若い人が現れる一方で、やはりその数自体の少なさは、大きな課題です」 そう話すのは委員の川合八司さん(65)。種生区では、過疎・高齢化が深刻な問題となっています。「ホタルをきっかけに、地域外の若者にも、この地区の環境のすばらしさを体験してほしいですね。そのなかの何人かが定住して、ホタルをはじめとする“地域の宝”を守ってくれるのが理想です」
地域が一丸となって守ったホタルが、こんどは地域を若返らせる、強力な助っ人となっているようです。