三重県総合博物館(MieMu)は「三重の自然と歴史・文化に関する資産を保全・継承し、次代へ活かす」という使命のもと、資料の調査研究、収集保存、展示、活用発信などの活動をしています。
このたび、当館学芸員が参加する共同研究により、従来は1種とされてきた日本固有の淡水二枚貝「カタハガイ属」が2種に分かれることが明らかになり、北陸・九州地方に分布する集団を新種「フクレカタハガイ」として記載した論文が、国際学術誌に掲載されました。三重県の員弁川や津市で採集された標本も、種の違いや地域ごとの多様性を明らかにする重要な資料となりました。
1 出版日(オンライン)
令和8年10月8日(木曜日)
2 掲載誌、タイトルおよび著者
・掲載誌:Journal of Zoological Systematics and Evolutionary Research(動物の分類・系統・進化を扱う査読付き国際学術誌)
・英文タイトル:Cryptic species diversity in the Japanese freshwater mussel genus Obovalis (Bivalvia: Unionidae), revealed by shell morphology and genome-wide SNPs, with description of a new species
・日本語タイトル:殻形態とゲノムワイドSNPデータから明らかになった日本産淡水二枚貝カタハガイ属の隠れた種多様性と新種の記載
・著者(論文掲載順):Isao Sano、Shun Ito、Daishi Yamazaki、Jyun-ichi Kitamura、Shigefumi Kanao、Kotaro Sugawara、Tomoki Seo、Akihisa Shirai、Takaki Kondo、Satoshi Chiba、Takumi Saito
・筆頭・責任著者:佐野 勲(さの いさお 東京大学大学院理学系研究科・東北大学東北アジア研究センター)
・当館の共著者:北村 淳一(きたむら じゅんいち 三重県総合博物館)
・掲載HP:https://doi.org/10.48130/jzser-0026-0015
(HPから論文PDFを無償でダウンロード可能)
3 研究内容
・カタハガイ属は、日本の平地の河川や水路などに生息する淡水二枚貝の一属です。従来、各地の集団は単一種の「カタハガイ」として扱われてきました。本研究では、外見上の類似によって見過ごされてきた種の多様性を検証するため、DNA解析と貝殻の形態解析を組み合わせ、種の区分と地域集団間の類縁関係を検討しました。
・全国の主要な分布域から得られたカタハガイ属37個体と、比較対象とする別属の2個体の計39個体を対象に、ゲノム全体にわたるDNAの変異を解析しました。また、貝殻の輪郭を数値化し、形態の差異を定量的に比較しました。
・その結果、カタハガイ属は、滋賀県と東海・関西から中国地方の集団からなるカタハガイ Obovalis omiensis (図1)と、北陸・九州地方の集団からなる別種の2種に区分されることが明らかとなりました。北陸・九州地方の集団を新種として記載し、フクレカタハガイ Obovalis convexum Sano & Kondo (図2)と命名しました。
・フクレカタハガイは、カタハガイと比較して貝殻の膨らみが強く、殻を閉じた状態で背側から観察すると、より丸みを帯びた輪郭を示します(図3)。学名の「convexum」は、この膨らんだ殻形に由来します。遺伝的な差異と貝殻の形態的な差異が一致したことから、両者を異なる種として区別することが支持されました。
・北陸・九州地方の集団は、地理的に大きく隔たっているにもかかわらず、同一種に属することが明らかとなりました。一方、両地域の間には別種のカタハガイが分布しており、地理的な近接性だけでは地域集団間の類縁関係を説明できないことが示されました。本論文では、フクレカタハガイがかつてより広域に分布し、その後、中間地域における分布域の縮小や局所的な絶滅によって、現在の隔離された分布が形成された可能性を提示しました。この分布史を説明する仮説として、日本列島が大陸と陸続きであった時代に、大陸側を含む広範囲に分布していた可能性も考えられます。この分布が形成された過程や時期については、今後、より詳細な地理的サンプリングと解析による検証が必要です。
・三重県では、員弁川の3個体と津市の5個体が解析対象となり、いずれもカタハガイ Obovalis omiensis に分類されました。また、員弁川と津市の個体は遺伝的に区別されました。この結果は、同じ県内に生息する同一種であっても、地域によって遺伝的な差異が存在することを示しています。三重県内のカタハガイの多様性を理解し、保全を進めるうえで、こうした地域集団ごとの歴史的背景を考慮することが重要です。
・従来、類縁関係の推定に広く用いられてきたミトコンドリアDNAのみでは、本研究で示された種間の関係を十分に把握することは困難でした。本研究は、ミトコンドリアや核を含むゲノム全体にわたるDNA情報と貝殻の形態情報を統合することが、従来見過ごされてきた種の多様性の解明と、その多様性を踏まえた保全に重要であることを示しました。
4 本論文で採集され分析した個体の根拠標本とその展示について
・本論文で解析した員弁川のカタハガイ3個体は、当館学芸員の北村淳一が採集しました。論文中では、試料番号KJT13-1、KJT13-2、KJT13-3として記載されています。解析に用いた個体を根拠標本として三重県総合博物館で登録、収蔵庫に保管しています。なお、この3個体は当館の標本番号MIE-Sh33718から33720として登録されました。
・当館には、カタハガイとフクレカタハガイの両種の標本が収蔵されています。これらの標本を令和8年11月6日(金曜日)から12月6日(日曜日)まで2階エントランスに展示し、貝殻の膨らみの差異や分布など、今回の研究成果を紹介します。三重県にも生息するカタハガイと、北陸・九州地方に分布するフクレカタハガイの標本を比較し、外見上は類似する両種の形態的な特徴をご覧いただけます。
5 今後について
・より詳細な調査を通じて、種内の地域的な多様性や生息状況の解明を進めます。三重県内においても、員弁川と津市で確認された地域集団の差異を踏まえ、各集団の保全に必要な基礎情報を蓄積していきます。
・本論文の成果を、現在の生息地域の行政やNPO、保全団体等の関係者に情報提供し、その在来集団が絶滅しないよう生息状況調査(モニタリング)を、関係者とともに実施します。
・成果を活用し、環境保全の啓発を、標本の展示や学芸員講座、書籍執筆等の手段で促進します。
6 カタハガイ属について
・カタハガイ属はイシガイ科に属する日本固有の淡水二枚貝であり、カタハガイ属には、カタハガイと、本研究で新種として記載されたフクレカタハガイの2種が含まれます。三重県にも生息するカタハガイは、細長い卵形で、比較的扁平な貝殻をもつことが特徴です。
・カタハガイ属は、生息環境の悪化などにより、各地で個体群の減少が報告されています。環境省レッドリスト2020では、今回の分類学的再検討以前の「カタハガイ」が、絶滅の危険が増大している種を示す「絶滅危惧Ⅱ類(VU)」に選定されています。これは、今回区別された2種を個別に評価したものではありません。
(出典:環境省レッドリスト2020〈貝類〉:https://www.env.go.jp/content/900515981.pdf)
・三重県レッドデータブック2025ではカタハガイが絶滅危惧IB類(EN)(在来集団が存続している種の中で、上から2番目のランク)に選定されています。
(2026年3月三重県公表:https://www.pref.mie.lg.jp/MIDORI/HP/m0118500321.htm)