イセエビ属幼生の生理生態に基づく飼育技術開発
平成18年度日本水産学会春季大会 学会賞(水産学技術賞)受賞者講演要旨(2006年3月29日~4月2日)
松田浩一(三重科技セ水)
イセエビ属のエビ類は多くの国で漁獲される重要な漁業資源であり,資源管理や増養殖のための技術開発が活発に行われている。本研究では,イセエビ類の増養殖技術開発への貢献を目的として,イセエビを中心に親エビの成熟条件の検討,幼生の成長,脱皮のタイミング等生態的特徴の把握,幼生の好適な飼育条件の検討等,幼生飼育技術の開発を行った。
- 雌エビの生殖腺の成熟に及ぼす水温と日長時間の影響
飼育実験に用いるふ化幼生を確実に得るために,雌エビの生殖腺の成熟に及ぼす水温と日長時間の影響を調査した。その結果,長日条件では水温に関わらず生殖腺の成熟は進行するが,短日条件では低水温で成熟は進行し,高水温で抑制されることが明らかになった。このことから,親エビを確実に成熟,産卵させるには長日条件で飼育する必要があると考えられた。
- イセエビ幼生(フィロゾーマ)の成長
イセエビ幼生の成長特性を明らかにするために,止水式による個別飼育,及び流水式による群飼育を行い,幼生期間の長さ,その間の脱皮回数,脱皮間隔,体長や形態,乾・湿重量の変化を調査した。フィロゾーマ幼生の期間は約10ヶ月であり,この間の脱皮による体長の伸長量,行動,及びへい死の発生頻度の変化から,フィロゾーマ幼生期を体長5mmと15mmを境界とする初中後期の3段階に区分することを提唱し,今後,各段階で好適な飼育環境を検討する必要があると考えた。
- イセエビ幼生の脱皮と変態のタイミング,並びにとその制御
幼生の飼育過程で多く見られる脱皮関連のへい死の防止策を検討する基礎資料とするため,幼生の脱皮と変態のタイミングを調査した。自然日長条件では,幼生は日の出時刻前後に脱皮し,日没前後に変態した。実験室の明暗周期を蛍光灯の消灯,点灯により調整したところ,幼生の脱皮は蛍光灯の点灯前後に,変態は消灯前後に起こり,イセエビ幼生の脱皮,変態のタイミングは実験室の明暗周期を調整することにより制御できることが明らかになった。また,脱皮のタイミングは内因リズムによって制御されていることが推測された。
- イセエビフィロゾーマ幼生の飼育条件
イセエビ幼生の飼育に適した水温,塩分,餌料の投与密度について,幼生のエネルギー効率,成長,生残を指標として検討した。また,止水飼育した幼生のへい死症例について調査,類型化するとともに,全へい死の半数を占めていた脱皮直後に発生するへい死の発生原因を調査した。その結果,止水飼育では飼育容器中に水流が生じないことが脱皮直後のへい死の原因となっており,水流を生じさせることでこのへい死を防止できることが明らかになった。
- カノコイセエビとシマイセエビのフィロゾーマ幼生の成長
イセエビ幼生で検討した飼育方法を用いてカノコイセエビとシマイセエビのふ化幼生を飼育したところ,本研究において初めてプエルルス幼生までの飼育に成功した。これら2種のフィロゾーマ幼生の平均期間はそれぞれ287日,275日であった。
イセエビとこれら2種の幼生は,体長範囲,体長に対する頭甲幅の比,第2小額の基部節前縁の細毛数により区別することができると考えられた。
本研究では,イセエビ類幼生の成長,脱皮のタイミング等生態面の重要な知見を得るとともに,基本的な飼育条件を明らかにすることができた。その結果,小型容器での飼育では生残率が50%程度にまで向上した。更に,流水飼育に用いる飼育水槽(40L)を考案し,この水槽を用いて流水条件での好適な飼育条件を検討したところ,ふ化からの生残率が40%程度にまで高めることに成功した。今後は,これらの成果を基礎に更に大量の幼生の飼育が可能となるよう技術開発に取り組むこととしている。