注射の話 by猫のつもり
注射。小学生の頃はとても嫌なイベントでした。僕が子供の頃はまだインフルエンザの予防接種を小学校でやっていたので、予防接種のお知らせのプリントが配られると「またこの時期が来たか」という感じになったものです。予防接種の前日あたりから、ある者は体調が悪い気がしてきたり、ある者は天変地異を・閧チたり、またある者は強がってみたり。注射は痛いし、その日は運動出来ないし(当時は授業が終わってからグラウンドでサッカーなんかをして遊ぶのが日課でした)、いいことなんてありませんでした。
さて、そんな子供だった私も時が経ち成長として獣医師となり、今度は動物たちに注射をする側となりました。この職場で働く前は畜産研究所という場所で働いていたのですが、そこで飼育している牛の治療等のために注射する機会が何度もありました。
私は基本的には「スタンチョン」を使って牛を捕まえて、牛の首か、おしりから注射をしていました。「スタンチョン」とは、かこいの中にいる牛が餌を食べるために首を出すことができる柵の一種です。普段は自由に首を出し入れできるのですが、ストッパーを使うと首を出すことは出来るけど抜くことができなくなり、牛がそこで捕まえられるようになっています。
首から注射をする場合はだいたいの牛が注射をする前から嫌がって暴れた記憶があります。牛の前から近付いて注射器を取り出すからでしょうかね?
お尻から注射をする時は、後ろから近付いただけで飛び跳ねて暴れるような牛もいれば、針を刺しても全く気にしない牛もいて、色々でした。
暴れる場合は、つかまえた上でさらに他の人におさえてもらって何とか注射する場合もありましたし、大人しい場合は、後ろからこっそり近づいてブスッと刺して特に反応もなくそれで終わりのこともありました。
牛は、ホルスタイン(乳牛)で言えばはじめて子供を産むのが2歳位(24~25か月齢くらい)でそこからお乳を搾り始め、たいていは6歳くらいまでお乳をしぼります。農場によってはもっと長生きするようですが、それでも10歳以上まで乳をしぼるのはかなり珍しいと思います。
肉牛は、乳牛よりももっと早い段階で、殆どの肉牛は4歳(48か月齢)までにはお肉になるために出荷されていきます。
「牛の○歳は人間でいったら××歳」といったご意見もあるかとは思いますが、どれだけ体が大きかろうとせいぜい6歳です。6歳が注射を嫌がって暴れていると考えれば、まだしょうがないかなという気がしないでもありません。
ですが、100キロに満たない程度の子牛ならまだ頑張れば何とかなりますが、600キロ以上、あるいはもっと重い成牛が暴れるのは注射を打つ側としては辛いものがあります。牛は噛みついたりはせず、せいぜい左右に飛び跳ねたり後ろ足で蹴り上げるくらいですが、これだけ重い動物が暴れるのは脅威です。こちらが怪我をすることだってあります。
牛に「注射が終わったらおいしい餌あげるからさ」と言ったところで、残念ながら聞く耳なんて持ちません。馬の耳に念仏。牛ですけど。逆に注射のことで牛が僕らにどれだけ文句を言いたかろうが、僕らも聞く耳を持ちませんし、おあいこなのかもしれませんが。
はてさて、注射を打たれる側は嫌なものですが、打つ側も色々あるのです。今では小学校での予防接種は無くなってしまったようですが、当時小学校で子供たちに注射をしていたお医者さんにも、今子供に注射をするお医者さんにだって、きっと色々あるのだと思います。やる側もやられる側も大変なのにやらなきゃいけない時がある、本当に注射は難儀なものです。