発掘調査では、江戸時代後期から明治時代にかけてのものとみられる、瓦を焼いた窯が2基みつかりました。いずれも達磨窯と呼ばれる形態の瓦窯です。達磨窯は、ダルマが座っているような形にみえることからその名が付いたとされます。
窯の地上部は削平されていましたが、地下の構造物は良好に残っていました。出土品には、瓦のほか、瓦同士が密着するのを防ぐために瓦の間に挟んだ窯道具などもあります。
東紀州地域では、昭和初期までは数箇所で瓦生産が行われており、紀宝町では戦後まで達磨窯で瓦が焼かれていたようです。しかしながら、今では瓦の生産はごく限られたものとなっています。後呂地遺跡の達磨窯は、失われつつある東紀州地域の地域的な瓦生産の姿を今に伝える貴重な資料です。

発掘された達磨窯

瓦の間に挟んだ窯道具
おもな時代:江戸時代後期から明治時代
遺跡の所在地:熊野市有馬町
発掘調査報告書のリンク:
『一般国道42号熊野道路建設事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告』(2023年)