発掘調査では、弥生時代後期初頭の竪穴建物や水田が検出されました。水田は一区画の面積がかなり小規模で、小さいものは6㎡、大きいものでも25㎡を少し超える程度とみられます。地形の緩やかな傾斜を利用して、高いところの区画から低いほうの区画へと順次水を流していたようです。弥生時代の水田は津市森山東遺跡などでもみつかっていますが、三重県内ではまだ調査事例が少なく、当時の稲作の技術を探るうえで貴重な成果です。
また、この遺跡では平安時代後期から鎌倉時代にかけての掘立柱建物が多数検出されています。特に平安時代後期~末ごろには大型のものが複数建てられていたようで、有力者層が居住していた可能性が考えられます。

弥生時代の水田跡
おもな時代:弥生時代後期・平安時代後期~鎌倉時代
遺跡の所在地:朝日町埋縄・四日市市広永町
発掘調査報告書のリンク:『辻子遺跡発掘調査報告』(2004年)
『間ノ田遺跡・辻子遺跡(第4次)発掘調査報告』(2005年)